ともかく本を読むことからしか考えはまとまらないので、イメージが湧いてくるまでいろんな本を読むしかない。今はジョン・サールのDiscover Mindを読んでいるが、クワイン以来のアメリカの現代の哲学者の多くは二元論の克服を模索している点、そして脳科学や心理学研究についての科学的研究を積極的に取り込んでいる点で群を抜いている。
私自身、脳科学の多くの問題を彼らの著作から知ることが多かった。今日の話題「Theory of Mind」について初めて知ったのは、デネットの「Consciousness explained」だった。しかしデネットに限らず、サールも、ネーゲルもアメリカの哲学者たちは、Theory of Mindを哲学と科学をつなぐパイプとして考えてきたことは間違いない。
Theory of Mindとは、「他人の心を知ることはできないが、他人は決して心のないゾンビではなく、自分と同じ心を持っている」と私たちが信じていることを指している。
Theory of Mindを私たちが確かに持っていることを実験的に確かめるためには、間違った思い込みを持つ他人の行動を予測できるか調べる実験が行われる。実験では、ある人間が間違った思い込みを得るまでのすべての過程を見せたあと、実際にその思い込みに従って行動するとき、その行動を予測できるかどうかを調べる。要するに、経過を見た後、自分だったらこう間違うだろうなと思うのと同じ行動を他人もとると予測できるかどうかを調べるテストだ。ただ、「あのおじさんどちらを選ぶ?」と聞く必要があり、質問を理解するための被験者の能力が必要なため、Theory of Mindは4歳児以降の人間にしか認められなかった。
ところが、視線を追跡する方法が開発され、研究は新たな進展を見せる。すなわち、質問を理解する能力の縛りがなくなり、どこを被験者が見ているかで被験者が考えていることを判断できるようになった。この結果、Theory of Mindは2歳児にも認められることが明らかにされた。
この進展を受けて、人間特有とされていたTheory of Mindがチンパンジー、ボノボ、オランウータンにも存在することを示した画期的な研究が今日紹介するデューク大学と京都大学からの論文で10月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「Great apes anticipate that other individuals will act according to false beliefs(類人猿は他の個体が間違った思い込みに従って行動することを予測できる)」だ。
実験は熊本にある京大のチンパンジー施設と、ドイツ・ライプチヒにある類人猿施設でそれぞれ独自にデザインされた課題で行われている。要するに、一人の人間が、キングコングの縫いぐるみを着た人間に騙される過程をビデオで見た類人猿が、最後に騙された人間がとる行動を予測しているかどうか、視線の方向を記録して測定して判断する実験だ。実験の様子は百聞は一見に如かずで、論文の動画が朝日新聞に転載されているのでそれを参考にして貰えばいい(http://www.asahi.com/articles/ASJB64STSJB6PLBJ002.html)。
先にも述べたが、同じ課題を全く異なる状況を設定して行い、騙された人間が行う選択を類人猿は前もって予測し、先に選択するアイテムに視線を集中させることを明らかにしている。すなわち、自分の心に浮かんだストーリーを、他人も持っていることを類人猿も想定できているという結論だ。
私自身はこの実験だけで最終結論とするのはまだ早いと思うが、しかし同じシステムで、様々な課題を工夫することでTheory of Mindの科学は進むと思う。
アメリカの哲学者も即刻この結果に反応するだろう。この論文のラストオーサーは言語の起源について優れた著書を書いているマイケル・トマセロだが、このような研究者が人文科学とのパイプとして大きな役割を演じ、アメリカ特有の哲学の発展に寄与しているのだと思う。しかし、この論文を読んで、熊本のチンパンジー施設が京都大学に移管されたことを初めて知ったし、トマセロがライプチヒからデューク大学に移りつつあることもわかった。両施設から今後も面白い研究が生まれることが期待している。
面白くない研究も、生まれてくるかもしれない。
唐突なことだけれど、相模原で起こったホームの殺人事件の行為者のような、相手も、同じ感情を持つ「ヒト」だと、認識できるかどうかについて、精神科的に判断する研究資料として、利用されるかもしれない。