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11月6日:新しいメカニズムのアルツハイマー薬の開発(11月4日号Science Translational Medicine掲載論文)

2016年11月6日
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    アルツハイマー病の病理的特徴は、細胞外のアミロイドβ(Aβ)分子の蓄積と、細胞内にリン酸化タウタンパク質の結晶が蓄積することだ。このAβ蓄積が脳細胞死の主要な原因であると考えるのがβアミロイド仮説で、この仮説のもとに様々な治療法が開発されている。
   現在最も開発が進んでいるのが、抗体により脳内に沈殿したAβを除去する方法で、この治療の第Ib相治験については今年9月2日にこのホームページでも紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5717)。
    もう一つの方法はAβの生成を抑える方向だ。Aβ分子は、膜上に存在するアミロイド前駆体タンパク質が2回のタンパク分解を経て形成される。この分解に関わるのがBACEとγシクレターゼで、それぞれの酵素の阻害剤の開発が進んでいた。
   γシクレターゼ阻害剤についてはこれまで多くの報告があるが、治療に使うとなると他の様々なシグナル系に影響すると考えられ長期の使用に向かない。一方BACEに関してはこれまでも報告はあるが、実用可能な阻害剤の開発は失敗に終わってきた。
   今日紹介するメルクの研究所からの論文は薬剤として利用可能なBACE阻害剤の開発に成功したこと伝える論文で11月4日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「The BACE1 inhibitor verubecestat(MK-8931)は動物モデルと実際の患者さんで脳内のβアミロイドを低下させる」」だ。
   この研究では数多くの化合物をしらみつぶしに当たってBACE1阻害剤を探索するのではなく、まずBACE1と結合する小さな化合物を探索してから、その構造を元にタンパク質の構造に合わせて化合物を設計していく手法を取っている。この結果経口投与の可能なverubecestatが開発できたというのがこの研究のハイライトで、あとは試験管内、ラットモデル、猿モデル、そして正常人、アルツハイマー病の患者さんと、VerbecestatがAβペプチドの生成を抑えること、そして長期に有効量を投与しても、副作用がないことを示している。
   期待通り薬を投与すると、ヒトを含むすべてのモデルで3−6時間をピークにAβ産生が抑えられる。しかも、薬剤動態や有効量も動物と人間で変わりがない。そして長期投与で、ラット、サル、ヒトでほとんど副作用を認めていない。またアルツハイマー病の患者さんにも投与して、問題なく薬剤として使えると結論している。データを見ると大成功といっていいだろう。
  この研究では約1ヶ月投与して、薬剤動態やAβの濃度を測っただけで、肝心のアルツハイマー病に効果があるかどうかは示していない。原因となるAβができないから、当然効果があるだろうと主張したいのだろうが、長期にわたる臨床研究が必要だろう。分子の構造も含めてすべて開示したこのような論文が製薬企業研究所から発表されるということは、現在進行中の治験がうまくいっているのではと期待されるが、結果が出るまで待つ必要がある。
   しかし、この薬剤が病気の進行を止めることが明らかになると、間違いなくアルツハイマー病治療を変える。期待したい。
  1. 橋爪良信 より:

    Aβの産生に関わる酵素の阻害剤というところまでは納得しますが、先生が仰るように薬剤投与による病理、病態学的なデータが不足しています。タウタンパクの凝集への影響と神経細胞死の抑制まで示してほしいですし、行動薬理学的な動物実験結果もほしいです。一方で、今のところヒトの病態を(厳密に)反映したモデルマウスがいないことも研究が遅れている原因かと思います。種々のノックインと交配が続けられていますのでモデルマウスの開発にも期待したいです。

    1. nishikawa より:

      橋下さんのおっしゃる点が、この論文をScience translational medicine に出した理由だと思います。ただ、メルクが株価操作をするとは思えませんから、早めに期待を煽る理由はありそうです。

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