今日紹介する英国・サンガー研究所からの論文は私が考えたこともなかった(不勉強で)M. abscesssusが肺の嚢胞性線維症の患者さんを中心に広がり始めていることを示唆する研究で11月11日号のScienceに掲載された。タイトルは「Emergence and spread of a human-transmissible multidrug-resistant non-tuberculous mycobacterium(伝染性で多剤耐性の非結核性抗酸菌の出現と拡大)」だ。
一般的に健康な人にはNTMが感染することは稀で、欧米でM.abscessus(MAS)感染が問題になるのは、嚢胞性線維症と呼ばれる遺伝性疾患だ。一旦感染すると、慢性化する確率が高く、また薬剤耐性菌が出やすい。この研究では、英国、アイルランド、米国、オーストラリアの嚢胞性線維症センターで治療を受けている患者さん517人から分離した1080株のMASの全ゲノムを解読し、異なる患者さんに感染した菌の間の関係を調べている。
すでに述べたように、NTMは人から人に感染性が低く、主に飲み水などから感染すると考えてきた。実際、1990−2000に分離された菌の研究から、患者さんごとに菌株の配列が違っていることが示されており、感染は孤発性であることが確認されていた。
ところが、この研究で調べた患者さんの75%は孤発性ではなく、起源が共通のファミリーに属する菌に感染しており、中でも3種のファミリーに属する菌が広がっていることが分かった。すなわち、嚢胞性線維症の患者さんのあいだであるとはいえ、特定の菌が最近急速に世界中に広がっているという恐ろしい結果だ。
DNA配列の比較と広がりから、これらの菌は1970年中期に出現したと推定される。また、感染形式を調べるため、一人の患者さんから得られた菌のゲノムを分析し、菌が慢性感染を起こすうちに体内で進化し、他の患者さんに感染したケースまで特定している。これらの結果は、最初孤発性だったMASは患者さんの中で進化を遂げ、人から人へと感染する能力を獲得し、嚢胞性線維症の患者さんを中心に世界中に広がっていることを示している。試験管内の実験から、こうして生まれたMASはマクロファージに取り込まれやすく、また細胞内での生存力が強く、様々な抗生物質に耐性であることが明らかになった。
この結果が正しく、人から人へと感染する菌が現れたとすると、嚢胞性線維症患者さんだけでなく、基礎疾患で免疫機能が低下している人や高齢者は気をつける必要がある。
気になって調べてみると、2010年西神戸医療センターから呼吸器外科学会誌に発表された論文では、この時点で我が国でのこの菌による感染症の報告は32例で、全例基礎疾患はあっても嚢胞性線維症ではない。このことは、人から人への感染性を獲得したこの菌が、新しい結核として、嚢胞性線維症以外の人に蔓延する可能性がある。今後注視していきたいと思う。
初めてコメントさせていただきます。
永寿総合病院呼吸器内科/慶應義塾大学医学部呼吸器内科の南宮湖(なむぐんほう)と申します。
昨年、我々のチームで、AMEDのプロジェクトとして、非結核性抗酸菌症の日本の疫学を「Emergin Infectious Diseases」に発表させていただきました(下記がプレスリリースです)。
http://www.amed.go.jp/news/release_20160607-02.html
今回の調査において、肺NTM症の中で最も難治性の肺Mycobacterium abscessus症は、推定罹患率0.5人/10万人年と算出され、7年前と比較して約5倍と急激に増加していることがわかりました。
臨床現場で働くものとしても、非常に増えている実感であります。ちなみに韓国では、NTMの中で、Mycobacterium abscessusが占める割合は日本よりもさらに高いです。
今回のScienceの報告は、非常に驚く結果であり、今後も注視していく必要があると思っております。
日本の現状に関して参考になれば幸いです。
コメントありがとうございます。我が国の状況についてもよく理解できました。