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12月9日:抗マラリア剤アルテミシニンはα細胞からインシュリンを作るβ細胞への分化を誘導する(来年1月12日号Cell掲載予定論文)

2016年12月9日
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    インシュリンを産生する膵臓のβ細胞を試験管内、あるいは体内で誘導する方法の開発が進んでいるが、多くの研究者が注目する一つのアプローチが、共通の前駆細胞から分化してきた膵島のα細胞とβ細胞の間で分化転換を誘導する方法の開発だ。というのも、Pax4とArxの二つの転写因子で体内での分化転換を誘導できるという報告があるからだ。とはいえ、この分化転換過程の分子メカニズムはよくわかっていなかった。
   今日紹介するオーストリア分子医学センターからの論文は、マラリア治療に用いられるアルテミシニンがα細胞からβ細胞への分化転換を誘導するという発見から、分子転換の分子メカニズムのほとんどを明らかにした力作で来年1月12日Cellに掲載される予定だ。タイトルは「Artemisinins target GABAa receptor signaling and impair α cell identity (アルテミシニンはGABAa受容体シグナルを標的にしてα細胞のアイデンティティーを損なう)」だ。
   同じ号に、アルテミシニンの話だけが抜けたコートダジュール大学からの論文が掲載されているが、今回はオーストリアからの論文を選んだ。実際、この論文を読んで、論理的に、しかし地道に実験を進めていくグランドストーリーに久しぶりに出会った気持ちがした。
   研究はまず、α細胞のアイデンティティーを決めているArxをβ細胞株に強制発現させるとインシュリン産生が低下する実験系の構築から始まる。この系で、Arx発現の効果をキャンセルできる化合物をスクリーニングし、アルテミシニンとその誘導体アルテメテールがArxの機能を阻害することを見出す。
   次に、アルテメテールが結合する分子を化学的に探索し、アルテメテールの標的がGephryinで、この分子の安定性を高めることを発見する。
  次に、gephryinの細胞内濃度が高まると、GABAa受容体と結合して、GABA受容体シグナルが高まり、その結果としてインシュリン産生が高まっていることを確認する。
   もともとGABAはβ細胞で作られ、α細胞のグルカゴン産生を抑制することが知られており、ここまでわかってくるとシナリオのゴールが見えてくる。すなわち、アルテミシニンはGABAa受容体の活性を高め、α細胞の機能を抑制し、インシュリンを産生するβ細胞への分化転換を促すというシナリオだ。
  これを確かめるため、今度はβ細胞を減少させたゼブラフィッシュにアルテミシニンの誘導体アルテメテールを処理し、膵臓β細胞の数が増えることを確認している。また、マウスを使った実験で、アルテメテールは確かにα細胞からβ細胞への分化転換を誘導していることを確認している。またラットの糖尿病モデルを用いてアルテメテール投与により血糖の低下が見られることを示している。
   最後にヒト膵島から得られたα細胞をアルテメテールで処理する細胞レベルの実験から、アルテメテール処理でGABAa受容体シグナルが高まり、その結果グルカゴンの分泌が止まり、まだよくわからない分子経路を介してArx分子を核内から核外へと移動させることで、Arxの機能が抑制され、α細胞のアイデンティティーを決定している様々な分子の発現が低下し、代わりにβ細胞分化に関わる様々な分子の発現が上がり、インシュリン分泌が起こるというシナリオを完成させている。
   大変な仕事量であることがよくわかる仕事で、細胞分化について久しぶりにグランドストーリーを聞いたという気持ちになった。
  ではマラリアでアルテミシニン治療を受けた人は低血糖にならないのかなど、面白い問題が残る。今アルテメテールが固形癌に効果があるか治験が行われているようで、この過程の検査データや剖検から重要な発見があるように思える。この研究の先には、糖尿病全体に対する新しい治療法開発の可能性も存在するだろう。期待したい。

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