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2月3日:視覚を調節する2種類の刺激調節アルゴリズム(1月26日号Cell掲載論文)

2017年2月3日
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    私たちの視力は、例えばネコ科の動物と比べてかなり劣るはずだ。ただ、劣るというのはカメラの解像度といった問題ではないだろう。遠くのものを区別する能力があれば視力として充分だ。この私の勝手な思い込みの背景には、哺乳動物でサルと人間だけに存在する中心窩という構造があり、周りの網膜と比べ極めて特殊な構造をしており、緻密な視覚はここから得られるという、解剖学・生理学的ドグマがある。事実、私たちの網膜から出る視神経の50%は中心窩からのシグナルを1次視覚野に伝えている。また中心窩には色を認識する錐体細胞で占められており、色彩はこの場所を中心に認識される。今再生医学が注目される黄斑変性症はまさにこの中心窩の機能を奪うことから、単純に視野が一部失われる以上の影響を視覚に及ぼしているはずだ。
  などと知識を並べてみたが、今日紹介するワシントン大学からの論文は中心窩が他の網膜とは全く異なるアルゴリズムで興奮を伝えていることを示す、文字通り目からウロコの論文で、1月26日号のCellに掲載された。タイトルは「Cellular and circuit mechanisms shaping the perceptual properties of primate fovea(サルの中心窩の感覚特性を調節する細胞及び神経回路メカニズム)」だ。
   もともと電気生理学は苦手な分野で、上手く紹介できているかわからないが、この研究はまさにオーソドックスな解剖生理学的研究と言える。
  研究ではサルの網膜を取り出して網膜を培養している間に、細胞の興奮特性の記録や、組織学的検討を行っている。ウイルスベクターでマーカーを導入する程度のことは行われているが、全く光遺伝学や光を使った興奮記録もない。考えてみると、もともと光に反応する網膜では光遺伝学は使いづらいのだろう。
   まず最低限の知識として、かのカハールを魅了した (http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2016/post_000023.html) 網膜神経結合について述べておくと、光刺激により誘導される錐体細胞の興奮はまずミゼット神経節細胞の興奮に転換され、それが視神経へと伝えられるという、3段階になっている。この神経節細胞レベルでは抑制、あるいは興奮性の調節を受け、網膜で変調させた信号を脳に伝えるようにできている。
   この研究は、切り出した網膜で、光を当てた時の各細胞の電気生理学的特性を丁寧に記録し、中心窩とそれ以外の場所で比べている極めてシンプルな研究だ。詳細は省くが結果は、
1) 同じ光に対する視覚ユニットの反応は、中心窩で反応が遅く、だらだら続く。
2) 解剖学的に中心窩では視細胞、神経節、視神経が一対一の結合を行っているが、周辺では多数の視細胞と多数の神経節細胞がひとつの視神経に集約される階層構造になっている。
3) 解剖学的にも生理学的にも、中心窩の神経節細胞はほとんど抑制性のシナプス入力が存在しない、
4) 錐体細胞刺激経路では、抑制性シナプスは反応のパターンではなく、反応の強さのみ調節する、
5) 中心窩で光に対する反応がだらだらしているのは、錐体細胞自体(特に外接と言われる部分の電導性)の特性が、他の場所とは異なり、その結果遅い反応が起こっている。
とまとめられる。
   こんな基本的なことが今までわかっていなかったのかと驚くが、このような2種類のアルゴリズムが何をしているのか、極めて面白い課題が誕生したように思う。機能的に同じかどうかわからないが、哺乳動物以外の脊椎動物では中心窩が存在するものも多い。例えば鳥がそうだが、同じことが鳥でも言えるのか興味は尽きない。大事なことでも本当にわかっていないことが多いこともよくわかった。これが解明されれば、また新しい電子の目が可能になるだろう。

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