今日紹介するドイツ・ボン大学からの論文は、脳細胞の若返りを誘導する能力がなんと大麻の主成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)にあることを示した研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。
最近になって医療用のみならず、個人の嗜好目的で大麻使用を許可する国や州が増えており、わが国でも話題になっている。ただ、これまでの様々な論文を見ると、少なくとも若年者の大麻常用は様々な脳障害を誘導すると覚悟したほうが良いと思う。一方、難治性のてんかんや疼痛に対して効果があることは科学的に示されているので、医療用の大麻使用には道を開くほうがいいのではと思っている。
この研究では大麻の主成分であるTHCを2ヶ月齢、12ヶ月齢、18ヶ月齢のマウスに、ミニポンプで連続投与し、28日後に投与をやめる。その後5日待った後、様々な認知機能テストを行うと、驚くことに全てのテストで18ヶ月齢のマウスの成績が上がった。12ヶ月齢のマウスでは、まだ機能低下が強くなく、効果が見られないテストもあるが、やはりTHCは機能改善に働いている。
最も驚くのは、同じ量を投与された2ヶ月齢のマウスでは、THC投与で逆に機能低下が起こることで、これまで若年者の大麻使用が物忘れにつながるとする従来の結果に一致する。
これらの結果は、同じTHCも高齢者の認知機能には良い影響、若者には悪い影響があるという、高齢者にとっての朗報と言える。
このメカニズムを突き止めようと、神経間のシナプス結合を調べると、老化マウスでだけシンプトフィジンの発現が上昇し、スパインの数が増えることがわかった。さらに、THC投与による遺伝子発現の変化を調べると、老化マウス神経細胞の遺伝子発現パターンが、2ヶ月齢のマウスから得た脳細胞の遺伝子発現パターンに近づいてくることが明らかになった。一方、若年マウスの脳細胞で見ると、THC投与により遺伝子発現パターンが老化マウスの神経細胞に似てくることが明らかになった。
データの解析から、この若返りの分子機構として、サイクリックAMP及び まPK経路が活性化される結果、ヒストンアセチル化に関わるCBP遺伝子などの発現が再活性化され、様々な遺伝子のエピジェネティックス調節が変化した結果である可能性が生まれ、最後にヒストンアセチル化を抑制するAnacardic acidがTHCの効果を完全にキャンセルすることを示している。
THCはCB1受容体を介して神経細胞を活性化する。面白いことに、CB1ノックアウトマウスは最初認知機能の発達は正常マウスと比べ優れているにもかかわらず、老化すると急速に認知機能が低下するという特徴を持っている。この認知機能の低下に対しては当然THCは何の効果も示さない。
以上の結果から、老化に伴う神経細胞の変化の多くは、CB1シグナル低下に起因しており、これをTHC投与で補うと、脳細胞が若返り、認知機能が回復するという結果だ。
高齢者にとっては画期的に思える研究結果だが、ではもっと長期間投与を続けたとき、細胞が力つきることはないのかなど、調べることは多い。ジギタリスもそうだが、細胞は鞭を入れて走りすぎると、結局は力つきる。
高齢者のマリファナ使用解禁の日が来るのははまだまだ先のことだろう。