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6月7日:心筋細胞も再生させられるかもしれない(Natureオンライン版掲載論文)

2017年6月7日
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再生医学にiPSやES細胞が重要視される最大の理由は、人間では多くの組織で細胞自体の再生が抑制されているからだ。一方、心臓も含めてほとんどの組織で高い再生能力を示すイモリのような脊髄動物も存在し、このような動物では組織さえ残っておれば、心臓や神経でさえ再生する。従って、人間の再生力の低い組織で細胞の増殖を制限しているメカニズムが解明されれば、組織が傷ついても、組織を再生させることが可能になる。特に、心臓は細胞移植が簡単ではなく、この方向の研究に期待が集まっていた。
   今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文はこの重要な問題を解決し、新しい心臓の再生療法に道を開いたという点では画期的な研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「The extracellular matrix protein Agrin promotes heart regeneration in mice(細胞外マトリックス形成タンパク質のひとつAgrinはマウスで心臓の再生を促進する)」だ。
   同じ号にテキサス・ベイラー大学のグループが生後すぐに心筋細胞の増殖を停止させるYap-Hippoシグナル経路の詳細について解明した論文を発表しているが、再生医学という点ではワイズマン研究所の論文が先を行っているように思えるので、こちらを紹介する。
   生後1日ぐらいはマウスの心臓にも再生能力が残っていることが知られている。この研究ではまず生後1日と、7日目の心臓の細胞外マトリックスを調整し、生後1日目のマトリックスに心筋細胞増殖を誘導する力があることを確認し、この再生誘導能力の差に対応する分子を探索した結果、Agrinと呼ばれるプロテオグリカンを特定する。
   Agrinは神経・筋接合部形成に必須の分子で、ノックアウトマウスは生後すぐ死亡するため、心臓での機能はほとんど知られていない。そこで、心臓だけでAgrinが欠損するマウスを作成すると、胎児発生での心臓形成は正常に進むが、できた心臓は生まれた時からほぼ完全に成熟型の組織を示す。そして期待どおり、普通なら再生が見られる生後1日目の再生能力が完全に失われている。
   一方、若年、あるいは大人のマウスの心臓を血管結索により心筋梗塞をおこし、心筋に直接Agrinを注射すると、心筋細胞の増殖が誘導され、1ヶ月目にはおどろくべき回復を示していた(写真を見ると本当に驚く)。これはマウスだけの話ではなく、iPSから作成したヒト心筋細胞でも細胞分化を抑え、増殖を誘導することを確認し、将来人間でも応用可能であることを示している。
   最後に、この現象のメカニズムを調べ、AgrinはAgrin結合複合体 (Dag1)を介して筋ジストロフィーに関わるディストロフィンとグリコプロテイン複合体 (DGC)に結合し、DGCを介する筋肉内の細胞骨格の安定性を低下させることを示している。
   紹介しなかった論文では、DGC、Dag1、Yap-Hippoシグナル経路が心筋細胞の増殖を制限する鍵であることが示されており、この結果も合わせて考えると以下のようなシナリオが見えてくる。
   DGCは心筋細胞のシグナルセンターで、AgrinがDag1に結合している場合は、心筋細胞間の結合が弱められ、分化が抑制され、増殖が促進されるが、Agrinが存在しなくなると、Yap-Hippoシグナルを介して、心筋細胞の増殖を抑制、分化を促進し、心筋細胞間の結合が高められる。この抑制状態は、Agrinが存在しないと心臓が傷ついても変わることがないため再生できないが、そこにAgrinを外部から添加すると、DGCによる筋肉結合が弱まり、細胞増殖が始まるという話だ。
   これが本当なら、心臓の再生医学にとっては画期的な話で、心筋梗塞など細胞を用いない治療が可能になるかもしれない。また、細胞を作るという点でも大きなブレークスルーになる。特に、心臓型のマトリックスを作ってアグリンを加えれば、より簡単に心筋シートも作れるかもしれない。大きな一歩ではないかと期待する。

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