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7月28日:時間の冗長性を生み出す神経間の連携(7月19日号Nature掲載論文)

2017年7月28日
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コンピューターで素子間をつなぐ連絡と比べると、神経細胞ははるかに遅い反応しかしない。この反応を維持するために、神経興奮やシナプス伝達に必要とされる以上のエネルギーを細胞の恒常性維持に使わなければならない。この激しい代謝のおかげで、脳内の神経の活動を、グルコースの取り込みの変化や、機能MRIで捉えられる血流の変化として私たちが捉えることができるわけだが、神経伝達という一点から見れば無駄が多く、ICなどと比べると冗長の塊みたいな存在だ。今、将棋や碁でコンピュータ(実際にはアルゴリズムは人間が書いている)が勝ったと言っているが、これは当たり前のことで、コンピュータは早くて疲れないが、私たちの神経細胞は冗長で、働けば働くほど疲れてしまう。この意味で、脳をそのままコンピュータになぞらえるのは本質を見誤るような気がする。
   これを確信させてくれる(というのは私の思い込みだが)、素晴らしい論文がハーバード大学からNatureに発表された。タイトルは「Distinct timescales of population coding across cortex (異なる時間スケールを持つ神経集団コードが大脳皮質横断的に働いている)」だ。
   この研究の目的は私が前書きで述べたような脳とコンピュータの違いを調べることではなく、一連の行動がおこる時、近くにある神経細胞間で見られる興奮の連結の機能的意味を明らかにすることだ。おそらく、頭の中で答えがあったのだろう。これを証明するための凝った実験系を確立している。
   マウスを用いた実験で、課題は音が聞こえる方向に動くという単純な行動だ。この時の脳活動を記録するため、聴覚野皮質と前頭前皮質を長焦点の2光子顕微鏡でモニターする。モニターのためにはマウスを自由に動かすことはできないので、なんと球状のトレッドミルにマウスを乗せ、音の方向へ歩いても位置がずれないよう工夫している。ゲーム世代の感覚で、バーチャルな行動野を作り出している。さらにこの研究では記録したすべての神経活動からコンピュータモデルを作り、神経活動を単純に提示するのではなく、モデルから計算される情報量や情報量を変化させる要因(これが神経間の連結として計算される)を指標に、解析を行っている。3番目については、私の最も苦手な点であることを断っておく。
  この方法で、刺激に関する情報はほとんど聴覚野の神経活動に存在すること。一方、どちらに動くかについての情報は聴覚野と前頭前皮質両方に存在することをまず明らかにする。
   この時、聴覚野で音を聞いた時の情報処理は、単純に迅速に行われ、神経細胞間の連結が行われないようにできているが、行動を選ぶ際の前頭前皮質での情報処理は各神経細胞が多くの神経と連結していること、そしてこの連結により、神経細胞の反応自身は短い持続しかないが、連結することで秒単位の持続が可能になっていることを示している。すなわち、音のシグナルが行動を決めるまでの時間十分維持され、正しい行動がとれることを明らかにした。
  私は素人だが、神経細胞を連結させることで、単純な伝達とは異なる、多様な時間スケールの神経活動が可能になることに感激した(単純すぎるかも)。
   実験の仕組みは大掛かりだが、結果は現象論で止まり、メカニズムについては全くわからない。ただ、小さな領域での連結なので、次は光遺伝学を使って、連結ができない時の実験などが行われるだろう。
   繰り返すが、私たちの神経細胞は命令されなくとも、自ら冗長性を形成できる。これが真の脳コンピュータ実現には必要だろう。

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