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12月2日:獲得形質の遺伝(Nature Neuroscienceオンライン版掲載)

2013年12月2日

今日はNature Neuroscienceオンライン版に掲載されたエモリー大学の大変興味ある仕事を紹介する。タイトルは「Parental olfactory experience influences behavior and neural structure in subsequent generations (親の臭い経験が、世代を超えて行動と神経構造を変化させる)」で、要するに親の経験が子供に伝わると言うことを示した研究だ。これはいわゆる遺伝の話ではない。神経的経験が遺伝子コードに直接影響を持つ事はまずない。ただ、遺伝子の発現を決めているエピジェネティックな変化が子供に伝わる事は知られるようになって来た。特に胎児期の母体の様々な経験によって、生まれた子供の将来が決まる事はよく知られており、エピジェネティックな変化を来す遺伝子も幾つか同定されている。勿論、突然変異ではなく、子供の遺伝子の配列に変異は起こっていない。ただ、これまでの研究は、母体のアルコール摂取や、飢餓と言った胎児への直接影響を否定できない状況についての研究が中心だった。
   今回の仕事は雄の親の神経的経験が子供に伝わるかを調べている点で、より純粋にエピジェネティックの変化が次の世代に伝わるかと言う問題を扱っている。実験は少し複雑だ。まず特異的な臭いと電気ショックなどの恐怖エピソードを経験させ、この臭いとリンクした恐怖経験が子供や孫に伝わるか調べている。臭いを感受する受容体については研究が進んでおり、この研究では臭い受容体M71と呼ばれる分子とその遺伝子に注目している。反応する受容体を特定できると、臭いを感知するための神経構造を詳しく調べる事が出来る。この様な複雑な実験系を構築して、M71刺激と恐怖発作を雄に与え、2週間待って(この間に経験時に存在した精子は無くなる)その精子を、正常のメスの卵子と受精させる。生まれて来た子供、更に孫まで臭いをかがせて反応を見ると、臭いを経験した雄の子供は、臭いに反応して恐怖発作を示すと言う結果だ。これだけでも驚くのだが、恐怖を経験した雄のM71受容体を発現している神経細胞が何倍も増えており、また雄の精子ではM71遺伝子を抑制するエピジェネティックな抑制が外れていたと言う結果をみると、本当に驚く。この方向の研究をこれまでも読んで来たが、神経構造の変化まで示した研究はこれが初めてだろう。
   はっきり言ってこの仕事は言うなれば際物研究で、現象は面白いが、メカニズムは全くわからない。ただ、様々なパラメーターを調べる事のできる実験系が構築できたのは大きいと思う。経験が子孫に伝わるのかはダーウィン以来何度も繰り返して議論されて来た。際物であると言う批判を受けながらも地道な努力を続けているグループがある事を知り感心した。これが本当なら、やはり親になる男性も摂生が必要になる。強いて問題を指摘すれば、元々発現にエピジェネティックな機構が関わる臭いを使った点が気になる。臭いではなく他の経験を使って同じ事が出来ればもっと多くの人が注目するはずで、更に新しい実験系を期待したい。


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