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3月28日:iPSを冬眠させる:着想に脱帽(Cellオンライン版掲載論文)

2018年3月28日
iPSのパワーは、モデルとして広く用いられている実験動物でなくても、多能性の幹細胞を樹立できれば、細胞レベルの研究を繰り返し行える点だ。私が研究総括を務めていたJSTの先駆け研究「iPS細胞と生命機能」でも、たとえば本多さんのように、希少動物であるアマミトゲネズミの生殖細胞分化を研究する目的でiPSの樹立にチャレンジしていた研究員がおり、研究の進展を楽しみにしていた。

このように、モデル実験動物以外の研究が可能になることはよくわかっていたが、今日紹介する冬眠を可能にする細胞メカニズムをiPSを樹立して解明しようとした米国NIHからの論文を読んで、その着想の豊かさに意表を突かれた。タイトルは「iPSCs from hibernator provides a platform for studying cold adaptation and its potential medical application(冬眠動物からのiPSは低温に対する適応研究の基盤を提供するとともに、冬眠メカニズムの医学応用に発展する可能性がある)」で、Cellの5月号に掲載予定だ。

はっきり言って、冬眠をiPSを用いて研究しようと考えた着想だけでこの論文は十分価値があると思う。実際私自身の冬眠のイメージは、エネルギー消費を落として寒い冬を乗り越えるというもので、眠りを誘導する脳の機能として捉えていた。しかしリスの仲間には冬眠中の体温が一時的には0℃に近づく場合もあるようで、ただエネルギーを温存するために寝れば済むというものではなく、細胞自体が低温に耐えて生存する必要がある。この細胞の低温耐性を明らかにしようと試みたのがこの研究だ。

この研究ではアメリカからカナダにかけて生息する「13線地リス(GSと略す)」からiPSを樹立し、そこから神経細胞を誘導して実験に用いている。冬眠しないラットやヒトiPS由来の神経細胞ももちろん摂氏4度で生きてはいるが、細胞骨格の屋台骨と言える微小管を調べると、ズタズタに分解していることがわかる。実際、冬眠しない恒温動物では4℃と言わなくても、ほんの数度温度が下がるだけで微小管は分解する。ところがGSから樹立したiPS由来の神経細胞では微小管はそのまま維持されている。微小管を研究している細胞生物学者なら、絶対注目しそうだ。

次に、低温でも微小管が守られるメカニズムを探索し、ミトコンドリアを構成する分子の発現の変化により、低温で誘導される活性酸素の産生が抑えられ、さらにシャペロンによりたんぱく質の分解を抑えることで、リソゾーム膜の透過性が上がって分解酵素が流れ出すのを防ぐことが、低温耐性の重要な要因であることを突き止める。すなわち、低温耐性のかなりの部分が、分子の質的変化ではなく、量的変化で調節されていることになる。

これを確かめるため、今度は人間のiPS由来の神経細胞でも、この二つの経路を抑えれば、低温耐性を誘導できるか、ミトコンドリアの活性酸素合成を、ミトコンドリア膜上でプロトンの出入りとATP合成の連結を外す化学的アンカプラーBAM15で抑制し、たんぱく質分解阻害剤でリソゾームの透過性の上昇を抑制すると、人間やラットの細胞でも微小管の分解が抑制できることを明らかにしている。 この処置により微小管だけでなく、低温にさらされた神経細胞や腎臓細胞の機能が維持されることも示している。

もちろん他にも様々なメカニズムが動員されていると思うが、冬眠による低温耐性が、特殊な分子ではなく、どの細胞にもあるメカニズムをうまく調節することで獲得されているという結果は、理にかなっているように思う。もちろんタイトルにあるように冬眠の理解だけでなく、培養細胞の保存という面でも様々な可能性が広がるのではないかと思う。冬眠と言うより、細胞の低温耐性のメカニズムの研究だが、楽しく読むことができた。

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