このように一部の人だけがアルコールに呑まれてしまう原因を探った極めて面白い論文がスウェーデンのLinköping大学から6月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「A molecular mechanism for choosing alcohol over an alternative reward(他の楽しみよりアルコールを選んでしまう分子メカニズム)」だ。
この研究ではWister系統のラットに甘いサッカリンとアルコールを交互に経験させたあと、両方自由に選べるようにして10週間行動を観察し続け、甘いものも選べてもアルコールを選ぶことが多くなるラットがいるのか調べている。ほとんどのラットは甘党で結局サッカリンを選ぶが、1割程度はアルコールを選ぶ方が多い左党のラットが出てくる。こうして選ばれたラットは、左党というよりアルコール依存症に近く、アルコールを選んだら電気ショックで罰せられる状況でも、アルコールを選ぶようになる。
正直、この研究のハイライトは数が少ない左党のラットを選ぶ方法を開発し、実際に選ぶことに成功したことに尽きる。使用したラットは遺伝的背景を揃えてあるので、この差は遺伝的多様性とは別の違いを反映している。
こうして選んだアルコール中毒ラットと甘党のラットについて、薬剤中毒に関わる遺伝子の発現を脳の様々な場所で調べると、感情に関わる脳領域、扁桃体で神経伝達因子の一つGABAの細胞外濃度を調節するトランスポーター分子GAT-3が低下していることを発見する。この分子は細胞外のGABA濃度を低下させる働きがあるが、この機能が落ちることで、左党ラットの扁桃体の興奮が常に高まっている。以上の結果から、何らかのきっかけでGAT-3の発現が低下すると、アルコール中毒になりやすいというシナリオが出来上がる。
これを確かめるため、ウイルスベクターを使って扁桃体にGAT-3遺伝子の発現を抑えるRNAを注射すると、そのラットでは注射後2週間ぐらいから急にアルコールを選ぶ率が高まる。すなわち、100%ではないが、明らかにGAT-3のレベルとアルコール好きは因果関係がある。
最後に、人間のアルコール依存症の患者さんの脳を、解剖例から集めてGAT-3の発現を調べると、このシナリオから予想される通り、扁桃体で最も発現が抑制されていることも確認し、この結果が決してラットだけの特殊な話でなく、ヒトにも当てはまると結論している。
繰り返すが、この研究は左党ラットを選ぶための実験プランを着想した時にほぼ終わっている。この研究では、遺伝的背景が揃っているのにどうしてGAT-3の発現に差があるのかの原因についてはわからないままだが、今後この点が明らかになると、酒に呑まれる人と呑まれないひとをあらかじめ予想することもできるようになるかもしれない。左党の私にとって特に面白い論文だった。