今日紹介するハーバード大学からの論文は、マウスモデルで介在神経のリレーにより脊髄運動神経の機能が回復する過程の分子基盤を明らかにした研究で7月26日号のCellに掲載された。タイトルは「Reactivation of Dormant Relay Pathways in Injured Spinal Cord by KCC2 Manipulations(損傷された脊髄で休止しているリレー回路を KCC2操作により再活性化する)」だ。
この研究では、もし介在神経によりリレーが起こるなら、7番目と10番目の胸椎で左右交互に脊髄を切断したマウスの運動機能が介在神経のリレーにより回復させられるはずだと、様々な薬剤を障害したマウスに投与し、機能を回復させる薬剤を探した結果、カリウム・クロライドトランスポータNKCCの機能を高めるCLP290が高い効果を示すことを発見する。もう少し実験系を説明すると、7番目の胸椎で右半分、10番目で左半分の脊髄を損傷すると、10番目以下では全ての脊髄神経が切断されたことになるが、7番目から10番目の間では、左半分の脊髄神経が残っている。もしこの領域で介在神経のリレーを成立させられると、残った左側の神経から、右側の脊髄神経へリレーが成立して、10番以降の脊髄神経の機能が回復できることになる。この仮説が正しいことは、この過程を高める薬剤が特定できたことで、証明されたことになる。
この研究の大半は、CLP290の発見で終わっており、あとは
1) CLP290の代わりに、この薬剤の標的分子KCC2自体を脊髄に導入することで、CLP290以上の回復が見られること、
2) このトランスポーターは抑制性の介在神経に発現した時に、この神経の活動を抑え、興奮/抑制バランスを変化させることで、リレー回路を形成させ、運動機能が回復できること、
などを示しているが、要するに脊髄損傷局所では、KCC2の発現が低下するため、抑制性介在神経の過興奮が起こり、局所での神経のリレー回路の構築が阻害され、KCC2を導入して局所の抑制性神経細胞の過興奮を抑えると、リレー回路が成立するという話だ。
損傷から時間が経過した脊損にも使えるのかどうか、一箇所での損傷の場合にも有効なのかなど、まだまだ知りたいところはあるが、神経が残っておればリレー回路が成立するという点では、人での応用が進む硬膜外刺激の結果とも一致する。介在神経なら、もちろん細胞移植も容易だろうから、リハビリは言うに及ばずさまざまな方法を統合する核に、KCC2刺激がなる可能性がある。期待したい。