毎回、こんな事までやっているのかと思わす彼のグループからScienceに発表された今日紹介する論文を読んで、「まさかこんなことまでチャレンジしているとは予想もつかない』と本当に驚いた。タイトルは「Three-dimensional intact-tissue sequencing of single-cell transcriptional states (単一細胞の転写状態を3次元的に保存された組織内でのDNAシークエンスで決定する)」だ。
DNAシークエンスと書いてあるので、最初3次元で単一細胞レベルのバーコーディングを行なって、今流行りのsingle cell transcriptomeを調べる技術かと勘違いした。読んで見てわかったのは、3次元の組織を形成している各細胞が発現する遺伝子を、正確に、しかも遺伝子の種類の数に制限なく検出する方法の開発といったほうがいいだろう。現在1個の細胞が発現している遺伝子を組織内で同時に測定する方法はいろいろ開発されているが、この論文では1024種類の異なるRNAを調べることに成功しており、その数をさらにスケールアップできることを考えると、大変な技術が開発されたという気になる。
ではどのようにこれを実現するのか?具体的なreagentの内容はすっ飛ばして説明するが、まず組織を固定し、彼らがプライマーとパドロックと呼ぶ2種類の特定の遺伝子プローブを用いて、各細胞に存在する特定のRNAをその場所で増幅する。プライマーもパドロックも特定の遺伝子RNAとハイブリダイズするが、パドロックがプライマーを用いて環状に閉じた時だけ、mRNAが増幅するようになっている。これにより、ほぼ完全な特異性を実現するとともに、パドロックの方には、それぞれの遺伝子の標識としてデザインされた5merのバーコードがついている。例えばFos遺伝子RNAがある場所にFos遺伝子に対応するバーコードを持ったDNAが増幅されるようにしている。すなわち、組織内の特定の場所に存在していた特定の遺伝子に対応する短いDNAがその場で増幅され、mRNAが存在している場所に残る。
こうして、使ったプローブの数に応じた増幅DNAが組織内で形成されたあと、今度は全てのDNAをその場所で樹脂で固めてしまう。といっても、ガラスのような樹脂ではなく、水や物質が出入りできる樹脂で、DNAをその場所にアンカーさせるために使っている。このようにしてDNAが動けなくした後、脂肪やタンパク質を全て除き、増幅されたDNAだけが樹脂にアンカーされる状態を作る。
次に、それぞれの増幅したDNAがどの遺伝子に相当するかを、5merバーコードの配列で決める。この研究では、5merを使っており、4の5乗=1024種類の遺伝子を区別できる。すなわち、パドロックに組み込んであるバーコードの配列をその場で解読して、それぞれのスポットがどの遺伝子かを決める。そのままDNAポリメラーゼを使って、次世代シークエンサーのように読むことは将来できるようになるかもしれないが、ここではリゲーションシークエンス法を用いて5merの配列を正確に組織上で読み取っていく。この過程は、最初のリガーゼ反応で各スポットの塩基を決めると、よく洗ったあと、次の反応を行い、それぞれのスポットで次にどの塩基が入ったかを決めていく。実際には、5回サイクルを繰り返せば、5merを全てのスポットで解読できる。すなわち組織上に形成した何千、何万ものスポットの5mer配列を個別に決定し、それに基づいて、どの遺伝子のmRNAがいくつ細胞に含まれていたかをカウントする。
プロトコルは以上で、様々な問題をよく考えて解決していることがわかる。ただ、この研究は実験プロトコルだけではない。得られたデータを処理するソフトの開発も大変だと思う。かって私の研究室のメンバーだったJakt君も、8種類のRNAを細胞内で検出し、その数をカウントするソフトを開発していたが、これに最も時間がかかっていた。これらすべてを解決して、1024種類のRNAの発現を脳組織で検出し、細胞の種類や、機能との関連についてデータが取れることを見事に示しており、組織内で各細胞が発現しているRNAを正確に特定し定量する技術が完成している。もちろんこの技術は、脳研究にとどまらない。おそらく発生学で最も大きな成果を出すと思う。
バーコードによるsingle cell transcriptomeがあらゆる分野でそのパワーを発揮しているときに、その先を行く技術を開発するとは、ただただ脱帽。