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8月28日:羊により媒介されるペスト(8月16日号Plos Neglected Tropical Diseases掲載論文)

2018年8月28日
14世紀、ヨーロッパの人口を半減させ黒死病と恐れられ、多くの文学の題材となったたペストも、抗生物質の登場で治る病気になり、また病気を媒介するシラミやネズミも、存在はしていても、私たちの健康に影響を及ぼすことがなくなって、ペストの流行は世界からほとんど消えたのかと思っていた。

しかし昨年、マダガスカルでペストが勃発、1000人近い感染者が出たことを聞き驚いた。ペスト菌は、その土地土地に根付いて、人間への感染機会を待っていることになる。撲滅のためには、感染経路をはっきりさせ、感染機会を減らすことが必要だが、今日紹介する中国チベット自治区にある西寧の感染予防センターからの論文を読んで、チベットなどの高地の一部では今でもペストの脅威がつい最近まで続いていたことを知っるとともに、ペストが風土病化して各土地の動物の体内に生きていることを知り、感染経路特定の重要性がよくわかった。タイトルは「Human plague associated with Tibetan sheep originates in marmots(マーモットに由来するペスト菌を持ったチベット羊から感染した人間のペスト)」だ。

1956年に科学的記録が行われて以来チベットでは多くのペスト患者が発生し、そのうち50%が死亡する恐ろしい感染症として認識されていたようだ。ただ、中世のペストとは異なり、感染原因が感染したチベット羊の皮を剥いだり、肉をさばいたりするときに最初の感染が起こり、その後発病したペスト患者から2次感染が起こることが疫学的に明らかにされている。この結果、最初の感染を防ぐ公衆衛生学的に対策が打たれ、1997年以来発症を予防することに成功している。しかし、感染した羊は今も存在しており、人への感染はいつ起こってもおかしくないようだ。

論文を読んでペストが風土病化していると思ったのは、チベットの場合生きた家畜からではなく、殺した家畜を処理するときにだけ感染するという点だ。この研究では、これまでの感染勃発時に採取したペスト菌のゲノムを調べており、このような感染の特徴の遺伝的背景がわかるのではと期待した。

残念ながら、なぜこれほど独特の感染が起こるのかについて結局特定できていない。ただ、ゲノムからも人間のペストはチベット羊に由来するという疫学的事実が、分子生物学的にも確認され、またチベット羊から感染したペスト菌は他のペスト菌と比べて独立した系統を形成していることが示されている。今後この系統特異的な遺伝子を調べることで、何故生きたチベット羊からではなく、死んだチベット羊からだけ感染するのかなどが明らかになるだろう。例えば、チベット羊のペストではグリセリンの発酵や硝酸塩を亜硝酸塩に還元する経路があるらしいが、これらを手掛かりに特殊な感染経路の秘密がわかるかもしれない。

結局この論文では、ゲノムを用いたペストの系統樹形成と、感染経路の特定がメインの話として終わっている。ただ面白いことに、ペスト菌はそれぞれの地域ごとの特徴を持っていることが明らかになった。その上で、いくつかの流行をゲノムから追いかけ、チベット羊に感染する前に、マーモットで感染が広がっていることを確認している。すなわち、ペスト菌はマーモット内で維持され、羊に感染した後、人間に感染するという径路が明らかにされている。また、他のペストと同じで、マーモットから羊へのペスト菌の媒介にはシラミが関わっているかもしれないと結論している。 これなら風土病化したのもうなづける。

話はこれだけで、ゲノムを調べることで、これまで疫学的に想像されていたことが、確認されただけの論文だが、ペスト菌がそれぞれの地域で独自に進化し、風土病になっているのには感心するとともに、現代でも感染症を撲滅するのが簡単でないことを思い知った。

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