とすると、同じものを見ていても、鮮明な記憶を持つ対象については、違ったように見えるという経験や、通常あまり意識されることなく消え去る網膜からの視覚インプットが、鮮明な記憶があると、似た対象については意識に上る可能性が高まるのも、一次視覚野のこの機能が反映されていると想像できる。
今日紹介するロンドン大学からの論文は1次視覚野でのこのような統合をわかりやすい形で定量できる可能性を示した論文で9月10日号のNatureに掲載された。タイトルは「Coherent encoding of subjective spatial position in visual cortex and hippocampus(主観的空間位置について視覚皮質と海馬で見られる互いに相関したエンコード)」だ。
おそらく著者らは最初から、一次視覚野(V1)での統合が起こっておれば、同じものを見ても同じ細胞が反応するはずはないと考え、マウスをドラムの上で歩かせるとき、バーチャルリアリティーで視覚に距離に応じた標識をインプットし、模様が描かれた廊下を歩いているように感じさせる実験系を構築、歩きながら同じ形の標識を見た時、同じV1細胞が反応しているのか調べるところから始めている。結果は期待通りで、同じ模様を見ている時でも、バーチャルな廊下の場所に応じて、細胞の反応の仕方に差がある。例えば、同じ模様に同じように反応する神経もあるが、最初に見た模様には反応強く反応するのに、後の方には弱い反応しか示さないものもある。また逆の反応を示す細胞もある。すなわち、同じものを見ていても、それが歩いている廊下のどこで現れるのかにより反応が違う。
4000個近くのV1神経細胞を全て記録しながら、マウスが歩いた距離と興奮の度合いを見ると、それぞれの細胞がより強く反応する場所があることもわかった。すなわち、オキーフ、モザーらにより発見された場所細胞がV1にも存在することになる。そこで、これまで場所細胞が形成されることがよく知られる海馬神経の興奮パターンとの相関を調べている。
はっきりと記憶している場所情報を特定するため、ある場所にきたときマウスが褒美を求めて舌を出して舐める動作をするように学習させる。そして、海馬とV1で、それぞれの場所への反応をマウスをバーチャル廊下を歩かせながら記録すると、舌で舐める動作を起こす場所と、海馬、V1での場所細胞が対応することを確認している。また逆に、V1と海馬の興奮状態から、マウスが居る場所を特定することもできることを示している。
以上のことから、V1での神経興奮は、海馬での神経興奮をそのまま平行移動させたように反映していることが明らかになり、V1の神経興奮パターンに、少なくとも海馬の場所細胞パターンをそのまま移行させることができることを示している。今後、V1にさまざまな情報が再構成する過程を研究するためのかなりわかりやすい実験モデルができたと評価したい。