6月4日:英国初診患者電子登録システムの力(5月31日The Lancet誌掲載論文)
2014年6月4日
私のいたCDBからも多くの研究者が英国に留学している。おそらく日本人にとって英国の医療システムには戸惑う所が多いだろう。私は英国で暮らしたことがないので、知り合いから聞いたり資料から窺い知るだけだが、先ず一般医(GP)に登録しておく必要があるし、最初から病院に行くことも出来ない。また実際にGPの診断が間違っていたり、遅れて苦労した知り合いもいる。では医療ケアシステムととして全面的に劣っているかと言うと、優れた点も多い。先ず医療は完全に無料だ。一方我が国では3割の自己負担だけではなく、税金から負担している部分も多く、巨額の財政赤字の一つの原因になっている。両者を比べたとき、我が国では到底追いつかないと思えるのが、患者さんのデータ登録だ。GPでの診断治療は電子化されて残され、academic health networkを通して利用できるようになっている。他にも心臓血管病については全ての医療機関をカバーするデータ登録が行われ、GPでの記録と照合をつけることが出来る。ようやく昨年になってがんの登録法ができた我が国とは雲泥の差だ。今日紹介する論文は、この登録システムを使った血圧と心臓血管疾患の関係を調べた健康情報を研究するFarr研究所からの研究で、5月31日号のThe Lancetに掲載された。タイトルは「Blood pressure and incidence of twelve cardiovascular diseases:lifetime risk, healthy life-years lost, and age-specific associations in 1.25 million people(12種類の心臓血管疾患と血圧の関係:125万人の調査からわかる障害リスク、健康生活損失、年齢ごとのかかり易さ)」だ。結果は明快で、収縮期圧が高いと、脳内出血、くも膜下出血、狭心症のリスクが40%以上上昇し、一方拡張期圧が高いと腹部大動脈瘤の危険が高まると言う結果だ。他の新血管疾患、年齢ごとのデータ、健康生命予後など詳しいデータが示されているが詳細は割愛する。これまでの調査と特に変わらないように思えるが、血圧が高いからと言ってあらゆる心疾患のリスクが上昇するわけではないこと、また高齢者同士で比べると高血圧の影響は減少することなどはこの研究で新たに明らかになったと言える。しかし何と言ってもこの研究の素晴らしさは、120万人という大規模な調査を可能にするこれまでの蓄積にある。英国ではこれだけでなく、長期間一定の対象を追跡する様々なコホート研究が進んでいる。戦後すぐから始まったコホートもざらにある。この様な蓄積が正しいデータを生み、健康行政の自信につながる。様々な問題を抱えながらも、英国がこの健康ケアシステムを維持する自信はこの様な記録に支えられているのだろう。私は21世紀がゲノムを始め個人の記録が蓄積され、パブリックに利用できるようになる世紀だと思う。この観点から見ると、おそらく我が国は英国に大きく遅れをとっていること間違いない。研究者も私利私欲を捨てて協力し合い、この問題に取り組んで欲しいと願っている。高齢化、財政問題などを考えると我が国に残された時間は少ない。
日本にも、同様のシステムが誕生しますように!
コホート研究は後の世代のためにあると思います。研究者が自分の業績や利益を考えるようではまともなコホートと言えないと思います。