AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 10月10日 ガン局所でキラー活性を高めるバクテリア(10月6日 Nature オンライン掲載論文)

10月10日 ガン局所でキラー活性を高めるバクテリア(10月6日 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月10日
SNSシェア

バクテリアで合成しても活性が維持されるラマやラクダのH鎖抗体遺伝子を組み込んだバクテリアを、ガン局所に投与して、ガン細胞を貪食させる活性を上げたり(https://aasj.jp/news/watch/10496)、チェックポイント治療を局所で行う治療法(https://aasj.jp/news/watch/12384)についてはすでに紹介した。この背景には、ウイルスなどよりはるかに安価に大量生産が可能なバクテリアを使うことで、ガンの免疫治療をより身近で出来る期待がある。その意味で、早く実現して欲しいし、もっと多くの方法が開発されることを願っている。

今日紹介するスイス・ルガノ大学からの論文は、バクテリアをガン局所に送り込んで、代謝を変化させることでキラー活性を高め、ガンを抑制するという研究で、10月6日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Metabolic modulation of tumours with engineered bacteria for immunotherapy(免疫治療のために操作したバクテリアを用いてガンの代謝を変化させる)」だ。

同じグループはL-アルギニンを投与するとガンに対する免疫を高められることを2016年Cellに発表している(http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2016.09.031)。メカニズムとしては、特に活動性の高いキラーT細胞の糖分解を抑え、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を高める作用がアルギニンに存在し、さらにアルギニンを感知する転写因子を介して細胞死が抑制されることで、メモリー型のT細胞が多く合成されるという話だった。実際、メトフォルミンがガン免疫を高めるという話も、同じラインの話になる。

それならなぜアルギニン投与が普及しないのか不思議だが、2-16年の実験で使われたアルギニン量は、人間にするとなんと一日150gで、現実的ではなかった。もちろんガン局所への投与も行われているが、拡散が早くて効果はほとんどなかったようだ。

そこでこのグループは、体内に注射しても毒性が少ない大腸菌のアルギニン合成系を操作して、ガン細胞から発生するアンモニアを利用して局所でアルギニンを合成できるバクテリアを遺伝子操作で合成している。

原理については2016年にすでに確認しているので、後は期待通り働くかだけが問題になる。残念ながら全てマウス実験系の話だが、

  1. ガン局所に注射すると、そこで増殖し細菌数が維持され、局所でアルギニンを持続的に合成する(腫瘍あたり15μg)。
  2. 大腸ガン細胞株MC38を移植する実験系で、ガン局所にこのバクテリアを投与し、同時にチェックポイント治療を行うと、チェックポイント治療だけの群と比べると、ガン増殖を抑制し、70%で完全にガンが消失した。
  3. このバクテリアを注射したガン局所には多くのT細胞が浸潤してくる。
  4. 一度ガンを消滅させた後、もう一度ガンを移植して免疫記憶の成立を見ると、アルギニンバクテリアとチェックポイントを用いた群では、免疫記憶が成立して、2回目に移植したガンの増殖を抑える。
  5. アルギニンバクテリアを全身投与すると、ガンのサイズが大きい場合、ガン局所に定着し、ガン免疫を高められるが、現在のところ局所投与ほどの効果はない。
  6. 局所投与の副作用はないが、全身投与だと体重減少など副作用が見られる。

以上が結果で、人間の場合根治という贅沢は望まないでもいいので、是非治験を進めて安価なガン免疫治療につなげて欲しい。

さて2回バクテリアとガンについての論文を紹介して、なんと2編ともイタリア語圏のスイスからの論文であることに気づいた。これに意味があるのかどうかは全くわからないが、偶然にしても面白い。

  1. okazaki yoshihisa より:

    体内に注射しても毒性が少ない大腸菌のアルギニン合成系をプログラムしなおす。
    ガン細胞から発生するアンモニアを利用して局所でアルギニンを合成できるようバクテリアを改造した。
    Imp:
    細菌コンピューター治療の一種ですね。
    合成生物学的治療法で大変興味深いです。

  2. ねずみ より:

    ずいぶん前のことですけれど、信州大学の谷口 俊一郎 教授が、ウイルスではなくバクテリアをベクターとして用い癌治療を試みられた話を読んだことがあります。(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jslab/25/1/25_18/_article/-char/ja)

    当時マウスとはいえ、ビフィズス菌を静注で投与されるなんて、731部隊の実験みたいだという印象を抱きながら読んだことを覚えています。

    AnaeroPharma Scienceというベンチャー企業もあったようですが、現在、その会社のホームページにアクセスできなくなっているので現状は不明です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。