オス・メス、性決定のメカニズムや生殖の様式は実に多様で、性と生殖の生命にとっての重要性を物語る。しかし、今日紹介するドイツ・マインツにあるグーテンベルグ大学からの論文が明らかにしたCrazy Ant(アシナガキアリ)のオスの発生機構は、想像を超えたまさにクレージーな様式だった。タイトルは「Obligate chimerism in male yellow crazy ants(アシナガキアリのオスはキメラとして発生することを運命づけられている)」だ。
アシナガキアリはメス(女王)アリ、働きアリ、そしてオスアリに分かれている。このグループはアシナガキアリのゲノム構造を調べる過程で、オスのゲノムだけが通常の法則では理解できないことに気がついた。アシナガキアリはメスも、働きアリも2倍体だが、メスにはないゲノム領域を有する対立遺伝子を働きアリは持っており、これをWとすると、メスではRR、働きアリではRWであることがわかっている。一種の性染色体みたいなものだが、オスメスの区別とは無関係なゲノムの分離が起こっていることになる。性染色体がないとするとオスができないのではと心配する必要はない。昆虫では一倍体のまま発生が始まるとオスになって性生殖だけのために存在することは普通にある。この場合はオスはRかWのゲノムどちらかを持つ一倍体になる。そのつもりで多くの個体を調べたところ、一倍体と思われるオスも存在するが、予想に反してRとWの両方が存在するオスが65%も存在することを発見する。
また、同じ個体を調べると組織によりRとWが別の組織(例えば右足と左足)に存在するケースも見つかった。これらの結果から、オスは一倍体だが、RあるいはWゲノムを持つ一倍体の細胞が一個体に混在するキメラである可能性を示唆している。
そこで、各組織をin situ hybridation、あるいはPCRなどを駆使して調べると、個体中には2倍体細胞は全く存在しないこと、そしてほとんどの個体がRおよびWを持つ細胞をもつキメラであることを確認する。
では、1倍体かつキメラのオスはどう発生してくるのか。Rの卵子がWの精子で受精すると、通常はRゲノムとWゲノムが融合して2倍体のゲノムができるが、この場合アシナガキアリは働きアリになる。ただ、RとWのゲノムが融合せず、一つの卵の中で別々に発生を始めると、RとWの別々の細胞を持つキメラ個体として発生することになる。ゲノムとしては一倍体なので、オスに発生するのだが、精子としては一つの個体がRもWも生産することになる。
ただ、Rを持つ細胞は体細胞に分化しやすく、Wを持つ細胞は生殖細胞になりやすいため、R型精子とW型精子の比率は、3:7になっている。
以上が結果で、R細胞が体細胞に適していることを考えると、Wの1倍体個体は生存能力が低いため、この問題を解決するために、キメラで発生することで、R細胞の衣を被ったキメラ個体として発生することになったのだと思う。
これ以外にもアシナガキアリメスは、受精した精子を貯めておいて順番に卵を授精させる仕組みを持っている。後付けでは説明はいくらでもできるが、このような発生様式を選ばせた選択圧はなんだったのか?思えば思うほど昆虫の多様性に驚嘆する。
1.ゲノムとしては一倍体なので、オスに発生するのだが、精子としては一つの個体がRもWも生産することになる。
2.メスは、受精した精子を貯めておいて順番に卵を授精させる仕組みを持っている。
imp.
メス、働きアリ、オスと三つの性を生み出す複雑怪奇な仕組み。