Covid-19 RNAワクチンで火がついたのか、RNAデリバリーについての論文を目にする機会が増えてきた。先月21日に紹介した、抗体を結合した RNAナノ粒子を用いて体内のキラー T細胞をガン特異的CAR-T細胞に変える RNAデリバリーはひょっとしたらこの分野のゲームチェンジャーになる可能性がある(https://aasj.jp/news/watch/26970)。この感覚を裏付けるように、最新の Science Translational Medicine に2報も RNA デリバリーの論文が掲載されていたので紹介する。
最初はハーバード大学からの論文で、経口投与によって腸の細胞で遺伝子発現して炎症を鎮める RNA デリバリー法の開発で、タイトルは「Oral delivery of liquid mRNA therapeutics by an engineered capsule for treatment of preclinical intestinal disease(カプセルを用いてmRNAを経口的にデリバリーして治療に使う前臨床実験)」だ。
この論文の紹介は簡単に済ますが、腸管細胞に遺伝子を届ける目的で、まず腸管まで内容物が漏れないように届ける経口カプセルを工夫し、次にその中に詰める RNA がカプセルから出たときに、腸管の粘液バリアを超えて上皮細胞にたどり着き、細胞内に取り込まれたあと、エンドゾーム外に RNA を吐き出せるナノ粒子を設計している。蛍光タンパク質の mRNA を用いて遺伝子導入の効率を示しているが、狙った場所に驚くほど高い効率で遺伝子導入が可能になっている。もちろんカプセルを調整することで、空腸から大腸まで異なる場所に遺伝子を届けられる。
前臨床として、腸炎に対して IL-10mRNA を腸上皮で発現させる治療を行い、ラットやブタで炎症を一定程度抑えることに成功している。ともかく腸上皮に遺伝子を届けるという目的では、かなり高い効率が達成できており、IL-10 にとどまらず、腸上皮特異的な面白い医療技術として発展できる気がする。
今日最も紹介したいのはイェール大学からの論文で、抗体を用いて細胞内に RNA を届けるという、常識には完全に反する RNAデリバリーで、タイトルは「Systemic administration of an RNA binding and cell-penetrating antibody targets therapeutic RNA to multiple mouse models of cancer(細胞内に浸透するRNA 結合性抗体を静脈注射することで様々なガンモデルを治療する)」だ。
タイトルにある cell penetrating antibody をみると、ちょっと知識があれば驚いてしまう。即ち抗体は体中に到達して細胞外で働くが、細胞内には浸透しない。もちろん Fc を介してエンドゾームに取り込まれることはあるが、そこで分解される。
読んでいくと、この研究は1966年、このグループが自己免疫マウスから分離した抗DNA抗体がなんと細胞内に到達して核の DNA に結合するという発見に始まっている。最初はマトリックスと DNA の両方に反応することで、マトリックスとともに細胞内に入るとしていたが、その後の研究で結合した DNA を細胞内に取り込むトランスポーターとともに抗体が細胞内に入ることを明らかにしている。
ただ、大きな mRNA を運ぶ方法としてはまだ使える段階にはないので、細胞内の RIG-1 というセンサーに結合してインターフェロンを誘導するヘアピン型RNA を細胞内に届けて、ガン免疫を助ける方向で研究を行っている。
まず以前に分離していた DNA結合抗体を少し変化させた TAMB3がRNA と結合できることを確かめ、これに RIG-1 を刺激するヘアピン型RNA を結合させ、静脈注射する方法を開発している。
この抗体は同じ結合サイトを用いて DNA と結合し、その DNA が細胞内に取り込まれるときに細胞内に入る。このとき働く ENT2 というトランスポーターは、正常細胞でも少しは発現しているが、核酸を必要とするガンでは発現が高く、その結果静脈に注射した抗体もガンに選択的に取り込まれると期待できる。
膵臓ガンやメデュロブラストーマなどの難治性のガンを移植したマウスに、TAMB3/ヘアピンRNA を静脈注射すると、期待通りガンに比較的選択的に取り込まれ、ガン細胞のインターフェロンを誘導する。その結果、リンパ球の浸潤程度の低い膵臓ガンにも CD8T細胞が浸潤し、ガンに対する免疫が増強することが示されている。
この研究ではチェックポイント治療との併用などは行われておらず、もちろんこれだけで根治には至らない。しかし、ガンに選択的にインターフェロンを発現させられるとすると、面白い治療に発展できる。何よりも、自然に抗体を細胞質の取り込ませるメカニズムがあることは、今後様々な可能性に発展できると思う。
ガンを移植したマウスに、TAMB3/ヘアピンRNAを静脈注射すると、期待通りガンに比較的選択的に取り込まれ、ガン細胞のインターフェロンを誘導する。
結果、リンパ球の浸潤程度の低い膵臓ガンにもCD8T細胞が浸潤し、ガンに対する免疫が増強する!
Imp:
細胞内に浸透可能な抗体様薬剤=TAMB3/ヘアピンRNA!
RNA創薬も熱いです!