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8月17日 ヘアサイクル活性化に関する全く新しい可能性(8月15日 Cell オンライン掲載論文)

2025年8月17日
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毛根は独立した組織として上皮や間葉系の細胞を一つの構造にまとめている。例えばヘアサイクルを誘導する間葉系細胞 dermal papilla (DP) は、回りの線維芽細胞とは全く別の細胞としてヘアサイクルだけに関わっている。逆に、毛根の周りの線維芽細胞は、組織を支える土台であってもヘアサイクルに影響を及ぼすことはないと考えてきた。特に老化や男性ホルモン型ハゲの場合は、DP と毛母細胞がアンドロゲンに応答して毛根の縮小を起こすと考えられてきた。

ところが今日紹介する中国北京の生物学研究所からの論文は、本来のヘアサイクルには全く関与しないカリウムチャンネルの機能から、ヘアサイクル維持に関してこれまで考えもしなかったメカニズムを明らかにし、新しいヘアサイクル操作の可能性を示した画期的研究で、8月15日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Fibroblast bioelectric signaling drives hair growth(線維芽細胞の生体電気的シグナルが毛髪増殖を誘導する)」だ。

この研究は17番染色体に見られる小さな欠損や重複の結果、先天性の多毛症の遺伝的メカニズムの解析から始めている。欠損箇所や重複が異なる5例の患者を対象に研究しているが、特定の遺伝子が欠損すしているわけではないので、以前詳しく説明した染色体3次元構造化の異常(https://aasj.jp/news/watch/3533)が遺伝子欠損で誘導された結果ではないかと考え、患者さんから iPS細胞を作成したり、また同じ欠損を誘導した iPS細胞を作成し、染色体トポロジーを調べた結果、通常は皮膚に発現がないカリウムチャンネル (KCNJ2) 遺伝子が、1Mbも離れたエンハンサーの支配下に入ってしまって、皮膚の線維芽細胞で発現していることを発見した。即ち、この変異により本来発現のない KCNJ2 が発現することが多毛症の原因であることがわかった。

これを確かめるため患者さんの皮膚細胞の single cell RNA sequencing を行い、皮膚の線維芽細胞だけで KCNJ2 の異所性発現が見られることを明らかにしている。次は、KCNJ2 を異所性に発現させて同じ症状が発生するかが問題になる。そこで、DP や脂肪細胞を含む様々な皮膚細胞特異的に KCNJ2 を発現させヘアサイクルを調べると、毛根の周りにある線維芽細胞特異的に KCNJ2 を発現させたときだけ、ヘアサイクルが半分に短くなり、また強い毛根の増殖を誘導する結果できてくる毛も太く長くなることを明らかにした。この結果は驚きで、これまで毛根は独立していると思っていたが、実際には周りの線維芽細胞により影響されていることがわかった。

ではなぜカリウムチャンネルの異所性発現がこのような効果を発揮するのか。まず KCNJ2 を発現した線維芽細胞の膜電位を調べると、通常より強く脱分極していることがわかった。この脱分極がヘアサイクルを変化させていることを明らかにするため、KCNJ2 を皮膚に直接遺伝子導入する実験を行い、これだけで毛根を活性化できること、逆にカリウムチャンネル機能を失った変異 KCNJ2 を導入しても毛根に変化ないことを明らかにし、カリウムチャンネル機能の結果として毛根が活性化されることを明らかにしている。

そして、カリウムチャンネルが発現することで細胞内カルシウム濃度が低下することが線維芽細胞の Wnt シグナルへの感受性を高め、Wnt シグナルが高まることで毛根再生に関わる様々な遺伝子が活性化し、これが毛根の活性化を高めていることを示している。とはいえ、決して毛根周囲の線維芽細胞が DP 化したわけではなく、あくまでも Wnt 刺激感受性が上がり様々な分子を発現した結果である事を示している。

簡単に紹介しているが、実際にはカリウムチャンネル阻害や細胞内カルシウム濃度を変化させる実験を通して、このシナリオが正しいことを示している。多毛症の原因特定から細胞内カルシウム変化まで、高い実力を感じさせる実験で中国の躍進が感じられる。いずれにせよ、KCNJ2 遺伝子導入でこの状態が局所的にできて、毛根が活性化されることがわかった。

この方法は決して新しい毛根を作成するわけではない。実際新しい毛根再生を必要とするのは火傷のあとの皮膚再生で、ハゲの場合は毛根が残っている。従って、この方法はハゲの治療に使えると想定できる。事実、ディヒドロテストステロンを塗布してハゲを誘発する実験系で局所に KCNJ2 を遺伝子導入すると、毛を再活性化してハゲを治せる。

また、我々の線維芽細胞は正常でも老化に伴ってカルシウム濃度が上昇し、膜電位が低下することも示しており、ハゲだけでなくこの状態を変化させることで、老化によるヘアサイクル変化も若返らせるかもしれない。

以上が結果で、毛根を臓器として対象にすると難しかった介入が、周囲の線維芽細胞を変化させるだけで可能になるという結果は、この分野の大きな転換点になる気がする。

  1. okazaki yoshihisa より:

    1:この結果は驚きで、これまで毛根は独立していると思っていたが、実際には周りの線維芽細胞により影響されていることがわかった。
    2:毛根を臓器として対象にすると難しかった介入が、周囲の線維芽細胞を変化させるだけで可能になるという結果!
    Imp:
    繊維芽細胞が肝だったとは!

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