坂口さんのノーベル賞受賞をヨーロッパで聞くことになった。家族ぐるみで付き合ってきたこともあるが、他の人より感慨は深いと自負している。というのも、かなり早くから坂口さんのTregについての研究を見続けて来ただけでなく、評価が定まるまでの様々な苦労も見てきたので、なおさらだ。
もう一つこの機会に是非皆さんに知ってほしいのは、坂口さんが最初に教授になったのは京大の前再生研だったことだ。通常教授は教授会で選ぶのだが、新しい組織の場合は準備委員会でまずコアメンバーを選ぶ。そのとき選んだ3人の一人が坂口さんで、残りは亡くなった笹井さん、そしてヒトES細胞研究の中辻さんだった。この人事が公表されたとき、阪大の岸本先生が「いい人事や」とわざわざ連絡してくれた。そして今、岸本さんの研究所で坂口さんがノーベル賞を貰ったのも面白い因縁だ。そして、このコアメンバーを中心に再生研は自ら新しい人事を重ねて素晴らしい研究所に発展したが、その再生研教授会が選んだのがもう一人のノーベル賞受賞者山中さんだ。即ち、今は改組されてバラバラになったが、京大再生研は小さな組織だったにもかかわらず、なんとノーベル賞受賞者を2人も擁していたことになる。この私も含めて、この研究所設立に関わった委員はもちろん、再生研Goと号令をかけた当時の総長井村先生も本当に喜んでおられると思う。
そこでノーベル賞記念に坂口さんの最近の論文を紹介しようと思って3月にNatureに掲載しているFox3転写調節についての研究を選んだ。というのも、今回のノーベル委員会からの受賞理由を読むとわかるようにFoxP3はTregを考える上での鍵といえる。今回の受賞理由を読むと、若い研究者が免疫学全体の歴史をたどる中で、Tregをその歴史の中に位置づける作業を行っているように思える。歴代のノーベル賞を受けた免疫学者だけでなく、免疫系解明に関わった様々な研究者の業績と歴史的位置が次々に述べられている。これについては、来週13日に恒例のノーベル賞解説で、特異な受賞理由も含めてTregの歴史を振り返ろうと思っているので、参加希望者は連絡してほしい。
論文紹介前にまず正直に告白すると、今回の受賞理由を読んで初めてTregとFoxP3の関係に最初に気づいたのが同時受賞したBrunkowとRamsdellだと知った。今日の今日まで坂口さんの発見かと思っていた。いずれにせよ、FoxP3に関しては2003年ぐらいから坂口さんも多くの論文を発表している。その中の最も最近の論文が今日紹介するFoxP3の転写をRPBJと呼ばれる分子がエピジェネティック機構をリクルートして安定的に抑制していることを示した研究になる。タイトルは「Genome-wide CRISPR screen in human T cells reveals regulators of FOXP3(ゲノムワイドCRISPRスクリーニングによりFoxP3の調節因子が明らかになる)」だ。
この論文を読んで、これまでの細胞生物学をベースにした坂口さんが、おそらく筆頭著者のKelvin Chenさんを触媒として大変身を遂げた事がわかる。即ち、目的は安定したTregを作成して免疫を調節したいという細胞免疫学課題だが、使った方法が CRISPRスクリーニングは言うに及ばず、以前紹介した Perturb-seq と呼ばれる方法(https://aasj.jp/news/watch/1999 )、そして細胞膜を透過する処理をして行う細胞内の Chip-seq や Atac-seq まで、single cell テクノロジーを駆使してこの課題にチャレンジしている。
最初のスクリーニングで、FoxP3の転写に影響する分子が数多くリストされ、それぞれをノックアウトしたときの影響が詳細に示されているが、全部割愛する。要するに FoxP3 は複雑な調節機構下にあると言うことだ。そして結局この中から坂口さんたちが注目したのが BPJ分子で、遺伝子が欠損すると FoxP3 や Treg機能に重要なCD25やCTLA4が上昇する。即ちTregの活性が上がる。予断になるが、私がまだ京大にいた頃、もう一人のノーベル賞受賞者本庶さんが RBPJ 分子を研究していたのを覚えているが、なかなか面白い因縁だ。
この研究の素晴らしいのは、最終的に FoxP3 の転写を RBPJ が抑制すると言うだけでなく、先に挙げた single cell テクノロジーやエピジェネティックス解析手法を駆使して、RPBJが FoxP3上流の CN2 と呼ばれる CpGリッチな領域に結合し、NCOR と呼ばれる核内因子をリクルートし、この NCOR にヒストン脱アセチルか酵素HDAC3 がリクルートされ、H3K27 の脱アセチル化、更には CpG領域のメチル化を誘導することで、安定的に FoxP3 を抑制することを明らかにしている。
このようにエピジェネティックな変化を誘導することで Treg誘導に必要な FoxP3 が安定的に抑制されてしまう。逆に、RPBJ をノックアウトすると、今度は FoxP3 のエンハンサーを安定的にオンにできることが予想できるが、こうなると後は坂口さんお得意の細胞生物学で、RPBJ をあらかじめノックアウトしておくと GvH のような強烈な免疫反応も一定程度抑えられる事を示している。これまで安定性に欠ける(免疫調節に関わる以上当然のことだ)Tregを、安定に維持できる可能性が示された。
以上が結果で、ノーベル賞の話が中心になったので論文の方はかなり雑な紹介になって、坂口さんに怒られそうだがお許し頂くことにして、紹介を終わる。
もう少し詳しい話は13日夜7時からZoomでノーベル賞解説の中で説明しようと思っている。
FoxP3の転写をRPBJと呼ばれる分子がエピジェネティック機構をリクルートして安定的に抑制している!
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おめでとうございます!
中国に押され気味と思っていた、日本の生命科学には刺激になります。
13日のジャーナルクラブを楽しみにしております。