我々の神経間の伝達のほとんどはシナプスを介して行われ、神経刺激によるカルシウムイオン流入によりシナプス小胞がシナプス前膜と融合して伝達物質を吐き出し、これがシナプス間隙を拡散して相手のシナプスに存在する受容体と結合してシグナルが伝わる。ただこれで終わりではなく、シナプス小胞や遊離された伝達物質の処理が速やかに行われることで、短い間隔で刺激が来てもシナプスを機能させるようにできている。伝達物質は酵素で分解するか、再吸収により処理されるが、シナプス小胞自体も細胞内に取り込まれて再利用される。このシナプス小胞再利用がシナプスのアクティブゾーンで行われるとする Kiss-and-Run 説と、アクティブゾーンから少し離れたところでおこるエンドサイトーシスにより再利用されるとする説が存在し、今年10月には Kiss-and-Run 説を支持する中国科学技術大学からの論文を紹介した( https://aasj.jp/news/watch/27651 )。
この時、刺激後ピストンで組織を液体窒素にms単位の時間間隔で漬ける方法を用いた研究で、すごい技術があると紹介したが、今日紹介するジョンズホプキンス大学の渡辺茂樹さんのグループからの論文は、人間の皮質神経では刺激依存性のエンドサイトーシスによりシナプス小胞が再利用されていることを示す研究で、11月24日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Ultrastructural membrane dynamics of mouse and human cortical synapses(マウスとヒトの皮質神経の超微細構造のダイナミックス)」だ。
先日の中国の研究で技術の進歩に驚いたのだが、今日の論文を読んで調べてみると、神経刺激後液体窒素で急速凍結する方法は、この論文の渡辺さんたちが開発した2013年に Nature に発表した Zap-and-Freeze 法が起原である事がわかった。その意味でこの論文はまさに本家本元の論文と言える。
元々渡辺さんたちはアクティブゾーンから少し離れた場所でエンドサイトーシスによりシナプス小胞が再構成されることを示しており、この研究でもヒトの脳神経でも同じことが起こることを証明するのが目的になる。神経刺激後短い時間で起こるこのような過程は、渡辺さんたちが開発した zap-and-freez 法が必要になるのだが、刺激以降の時間経過をミリセコンドで追うため、例えば光に反応するチャンネルを導入した培養細胞といったモデル系を利用する必要があった。しかし、ヒトのサンプルを使う場合、遺伝子導入する暇はないし、また細胞培養を行うと重要な情報が失われる。そのため、最も生体に近いスライス培養を刺激して、これを急速凍結する方法が必要になる。
この論文のほとんどは、マウスの脳スライス培養に zap-and-freeze 法を使うための条件設定を詳細に行い、マウス皮質のスライス培養全体を電気的に刺激し、その後100msから1sまでの間隔で凍結し、電子顕微鏡で観察する方法を確立している。その結果、渡辺さんたちが示してきた刺激依存性のエンドサイトーシスがアクティブゾーンから少し離れたところで起こっていることを証明する。
そしてこの条件で、てんかんの発生巣を除去する手術で得られた皮質のスライスを解析し、刺激後100msという速いスピードでエンドサイトーシスによりシナプス小胞が再構成されていることを証明する。エンドサイトーシスの大きさや、起こる場所からこれが kiss-and-run による再利用ではないこと、また刺激非依存的に起こっているエンドサイトーシスではないことを明らかにしている。
結果は以上で、ヒトでも神経刺激依存性に急速なエンドサイトーシスが起こりシナプス小胞が再構成されるという結論になるが、これ以上にヒト脳サンプルでこれが可能になったことが重要だと思う。シナプス小胞の再構成だけでなく、短い時間間隔で起こるシナプス伝達過程の解析は、様々な神経疾患を理解する上で極めて重要だ。特に遺伝的な神経疾患のシナプス機能を文字どおり可視化されることの意義は大きい。

ヒトでも神経刺激依存性に急速なエンドサイトーシスが起こりシナプス小胞が再構成されるという結論
imp.
短い時間間隔で起こるシナプス伝達過程の解析は、様々な神経疾患を理解する上で極めて重要!
神経疾患の実態が明らかに。