乳ガンの治療薬の選択肢は広がっており、特にエストロジェン受容体 (ER) 陽性の患者さんでは、ER阻害ともに、CDK4/6 阻害剤が使用されている。CDK4/6 は一般的な細胞周期阻害剤なので、もっと他のガンにも効いて良さそうなのに、圧倒的に乳ガンで成功しているのをちょっと不思議に感じていたが、今日紹介するオーストラリア・Peter MacCallum ガンセンターからの論文を読んで、この謎を解くことが出来た。論文は8月12日 Nature にオンライン掲載され、タイトルは「Rb-driven transcription limits its tumour suppressive effects in breast cancer(Rbにより誘導される転写が乳ガンに対する抑制効果を台無しにする)」だ。
CDK4/6はRb1 のリン酸化を促進することで Rb1 を E2F から遊離させ、これにより細胞周期に必要な様々な分子の転写が E2F により誘導され、細胞周期が促進される。従って、CDK4/6 阻害は E2F の抑制を維持することで細胞周期を止める。これは生物学で習うスタンダードだが、Rb1 の働きを E2F 阻害という狭いサーキットの中でだけで見てしまっている。ただ、ずいぶん昔に紹介したように、Rb1 にも他の転写に関わる機能があることは指摘されていた(https://aasj.jp/news/watch/6219)。
この研究も、乳ガンで CDK4/6 阻害したとき、リン酸化されなかった RB1 が他の転写機能をもっているのではと考えたところから研究が始まっている。実際には、乳ガン細胞に CDK4/6 阻害剤を加えたとき、E2F から離れた Rb1 がゲノムのどこに結合するかを調べている。そして、Rb1は CDK4/6 阻害により、それまで結合していなかったプロモーターやエンハンサー領域に結合することを確認している。
最も驚くのは、Rb1 が結合しているエンハンサー部分の多くがエストロジェンにより調節される遺伝子のエンハンサー部分で、実際に転写されてくる mRNA を調べると、転写が促進される。即ち、CDK4/6 阻害剤は細胞周期を止めると同時に、エストロジェンの転写を促進することがわかった。これは試験管内のことだけでなく、CDK4/6 阻害剤を投与された患者さんから得られるバイオプシー標本でも、確認される。
例えばエストロジェンはサイクリンD1の転写を調節しているが、CDK4/6 阻害剤を加えるとサイクリンD1の転写が促進される。結果、せっかくCDK4/6 阻害剤で E2F 活性を抑えても今度はサイクリンD1が E2F を活性化して細胞周期を回してしまう。この時、同時にERを阻害すると、サイクリンD1や他の ER 依存性の遺伝子の転写は抑えられ、CDK4/6 阻害剤の効果を維持することができる。
Rb1 が効果を示すメカニズムについても調べており、ER と結合してエンハンサー上に存在する脱メチル化酵素 KDM5A に CDK4/6 阻害剤により解放された Rb1 が結合し、KDM5A の機能を抑えることで、H3K4me 型ヒストンを維持して転写が促進されることを示している。
以上のことから、CDK4/6 阻害剤は ER 阻害とともに使用して初めて高い効果が得られることがわかる。例えば ER の変異により常に活性化型の ER が出来ている場合は、ER を分解するタイプの薬剤と併用すると、大きな効果が得られる。
乳ガンの多くの患者さんの経験を通して、今回示唆されたような至適な治療方法は経験的に認識され、実用化されているが、Rb1 と ER の強い関係を知って、CDK4/6 阻害剤+フルベストランと言う処方の意義をはっきり認識できた。
