Knudsonさんといえば、いうまでもなく網膜芽腫の発症を統計学的に解析しガン抑制遺伝子の概念にたどり着いた偉大な研究者だ。この網膜芽腫発生を抑制した遺伝子こそRb1で、現在では細胞周期の進行に必須のE2F分子と結合することで、細胞増殖を抑制することがガン抑制のメカニズムとして解明されている。
今日紹介するカナダ小児健康研究所からの論文は同じRb1がなんとゲノム中の繰り返し配列のサイレンサーとして働いているという研究で12月15日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「An RB-EZH2 complex mediates silencing of repetitive DNA sequences(RB-EZH2複合体は繰り返しDNA配列のサイレンサーとして働く)」だ。
Rb1が細胞周期以外の過程、特に転写抑制にも関わるとは想像だにしたことがなかったが、Rb1がポリコム遺伝子と結合して遺伝子発現を抑制しているという論文はこれまでも数多く発表されていたようだ。おそらく著者らには今回の結論は見えていたのだろう。まずRb1が結合しているゲノム領域を免疫沈降し調べ、細胞周期とは全く関わりのない領域、特にレトロトランスポゾンや内在性のレトロウイルス領域、そしてこれ以外の繰り返し配列に結合していることを見出している。
次に、細胞周期調節には関わらない832番目のアミノ酸の付近の領域でE2Fと複合体を作ることが繰り返し配列への結合に必要であることを明らかにする。この832番目のアミノ酸を変異させたRb1を持つマウスの系統を作成し、このマウスから樹立した線維芽細胞株を用いて遺伝子発現を調べると、この領域でE2Fとの結合ができないと、細胞周期には影響ないが、本来なら抑えられている繰り返し配列の転写が上昇していることを明らかにしている。
次に繰り返し配列のヒストン修飾を調べると、Rb1の突然変異では繰り返し配列特異的に抑制型のH3K27me3が消失していること、そしてこれにはEZH2を含むポリコム遺伝子複合体が予想通り関わることを明らかにしている。
繰り返し配列特異的にポリコム遺伝子複合体をリクルートするメカニズムについては今後の研究が必要だが、Rb1はE2Fと結合することで繰り返し配列特異的にポリコム遺伝子複合体をリクルートし、これにより抑制型のヒストン修飾を誘導することで、繰り返し配列の転写を抑制していることが明らかになった。
最後にこのRb1突然変異を持ったマウスを長期間観察すると、100%でリンパ腫が出現することを示し、繰り返し配列の転写が抑制されないと腫瘍発生の契機になることを示している。しかし私にとって不思議なのは、繰り返し配列の転写抑制が取れてもガンの発生に1年半以上かかることだ。これについては、繰り返し配列は外来抗原として免疫系に認識され排除されるのではと著者らは考えているようだが、まだ研究が必要な問題だ。
しかし、Rb1=細胞周期という単純な思い込みで満足せず、様々な可能性を探る研究者がいてくれるおかげで、新しい発見がある。ドグマにとらわれない若い研究者を育てることの重要性を認識する。