これまでこのホームページで、2013年9月(http://aasj.jp/news/watch/509)、及び2014年9月(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2128)の2回、識字障害について紹介してきた。特に昨年紹介した論文は、識字障害の人に文章を黙読してもらって、その間の脳内活動をMRIで検討した論文で、今日の論文ウォッチを読まれた方は是非再読してほしいと思う。このように高次機能を脳構造の問題として捉えようとする試みは続いているようで、今日紹介するワシントン大学の研究も最新のMRI計測技術を使って識字障害と書字障害の脳構造を比べた研究でeuroimage:Clinicalに掲載予定だ。識字障害と書字障害の比較ということで興味を持ったが、実際には私のような素人には詳細の理解が難しい論文だった。タイトルは「Contrasting brain patterns of writing-related DTI parameters, fMRI connectivity, and DTI-fMRI connectivity correlation in children with and without dysgraphia or dyslexia. (正常、書字障害、識字障害の子供の文字を書くことに関連するDTI, fMRI結合性、そしてDTI –fMRI関連性に関わる脳ネットワークパターンは対照的な違いを示す)」だ。タイトルにあるDTIというのは拡散テンソルイメージの略で、私の理解する範囲でいうと、MRIで検出される水の拡散は神経系が発達すると均一ではなくなり、神経ネットワークに沿って早く拡散するようになることを利用して、神経の結合状態を推察する方法のようだ。例えば、神経の太さやミエリン化の程度まで分かるらしく、ネットワークの発達の程度をある程度推察することができる。fractional anisotropyと呼ばれる指標はミエリン化を反映し、axial diffusibilityは軸索の太さと相関することがわかっているようだ。研究では、識字障害と書字障害の児童に、単語の虫食い部分を推察して書かせる試験を含む4つのテストを、字を実際に書かせて答えさせ、その思考過程をこのような最新の測定法を駆使した脳計測を用いて調べている。正直なところ、データのほとんどが脳イメージではなく、脳各部の反応の数値で示されているため、丹念に追う気にならない。ただこの研究から、書字障害、識字障害それぞれの児童は、脳のネットワークレベルに質的な違いがあることは明らかなようだ。さらに、書字障害も識字障害も文字の認識の問題だが、様々なテストと脳イメージを組み合わせることで、それぞれの状態が脳の発達の質的な差を反映していることも示されている。例えば脳の白質のネットワークを調べると、書字障害の子供はミエリン化の遅れが見られる一方、識字障害の子供は神経軸索の太さの違いが見られると結論されているのに驚く。もちろんこのような違いは、それぞれ異なる特定の脳部位に認められる。他にも、識字障害の子供が外から指示を受けることなく文字を見ている時は、普通の児童や書字障害の子供と比べて、文字を最初に認識する視覚野と、見た文字と記憶を結合させて、文章の中の文字とへとプロセスするのに関わる脳領域が過剰に結合しているという分析も面白い。ともかく膨大な仕事で、詳しく述べる気持ちになれないが、高次機能をなんとか脳ネットワークの違いとして定義するための努力が進んでいることを伝えたいと思った。このような解析が面白い分析に終わらず、新しい治療法の開発につながることを願う。ただ、識字障害を全て直すべき対象と考えていいのかは疑問だ。特に、識字障害を持つ人にはクリエーティブな人が多いことを示す様々な調査がある。だとすると、識字障害があるからと言って、闇雲に治療を行う対象として考えることは問題だ。加えて、おそらく3種類の文字を使う日本語に、英語圏の研究をそのまま当てはめられるのかも疑問だ。おそらく、もっと複雑で面白い問題が日本人の頭に潜んでいるはずだ。今後言語自体の違いに起因する脳ネットワークの違いを理解できれば、もっと面白い分野になるのではと思った。