今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は同じ問題を、神経回路の問題として検討し直し、SSRI治療の問題点解決を図った論文で8月24日号のNatureに掲載された。タイトルは「Serotonin engages an anxiety and fear-promoting circuit in the extended amygdala (セロトニンは拡大扁桃体領域の不安と恐怖を促進する回路に関わっている)」だ。
結果はこのタイトル一行で表現できている。すなわちセロトニン分泌神経につながる回路を詳しく調べることで、セロトニン分泌神経が不安を拡大する回路を特定し、それがSSRI治療初期の不安増大に関わることがこの研究で明らかになった。
ただ、このことを証明するために行われた実験は壮観で、何種類もの遺伝子操作マウスを用いて、神経回路を一つ一つ特定し、またそれぞれの神経興奮の効果と相関させている。
この研究をまとめると、足への電気刺激による不安誘導実験で、SSRIの標的と考えられている背側Raphe核から分泌されるセロトニンが、分界条床核と呼ばれる部位の副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRF)分泌神経を刺激し、そこでGABA作動性回路を介して腹側被蓋野へ投射する神経を刺激することで、不安の増大に起こることを明らかにしている。すなわち、Raphe核からのセロトニン神経が結合している神経の種類が違うことで、セロトニン分泌神経が感情に対して異なる効果を示すことを示唆している。この結果は、私が以前紹介した同じ神経がグルタミン酸も分泌することで不安を増大させるという仮説を完全に否定している。今後、議論が続くだろう。
いずれにせよ、この仮説を確かめるためにSSRI投与時にこの回路を遺伝子操作的により切断して、この回路がSSRI投与による不安増大に関わることを示している。今後、薬剤でこの回路を抑制することが可能になれば、SSRI治療はより安全で効果の高い治療になるだろうという報告だ。
光遺伝学が生まれた当初の論文を読むといつも感心した。しかしこの方法が普及した今このような論文を読んでいると、ノックアウトを組み合わせることによる変化を、FACSで微細なレベルまで検出して免疫ネットワークを解明した免疫学と同じ方向に、神経研究が突入していることを感じる。これまでできなかったことがどんどん可能になるという喜びとともに、研究が金のかかる大掛かりで、アカデミックになっていくことも確かだ。こんな時こそ、このような手法の全く使えない人間ではどうかを問い続けることから、新しい発想が生まれるのかもしれない。