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12月8日:梅毒感染者増加の原因をゲノムに探る(12月5日Nature Microbiology掲載論文)

2016年12月8日
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  結核と同じで、梅毒もとうに克服されたと考えている人は多いのではないだろうか。
    梅毒はもともとアメリカ大陸の風土病で、コロンブスがアメリカからヨーロッパに持ち込んだとされている。事実、ヨーロッパでの流行は、スペインも参戦した1495年ナポリ戦争が最初だ。その後ヨーロッパ列国のアジア、アフリカへの進出に伴い、世界中に拡大した。幸い戦後抗生物質が開発され、例えば我が国では1950年には5万人を超えていた新規感染者は急速に低下し、1000人以下になる。
  しかしWHOの統計では、2008年時点で全世界に1000万人の感染者が存在すると想定されている。このうち9割は開発途上国に集中しているが、驚くことに21世紀に入って多くの先進国で患者数が増加してきた。国立感染症研究所の統計によると、我が国でも増加傾向にあり、梅毒の新しい流行が始まったのではと保健当局は警戒している。
   この急速な流行の原因を知るためには、梅毒の原因菌Triponema Pallidum (TPA)が感染を繰り返しながら遂げてきた変化を調べる必要がある。先日、非結核性抗酸菌の進化について紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/6137)、これを可能にするのがゲノムだ。様々な地域で患者のTPAを集め、そのDNA塩基配列を比べることで進化の軌跡をたどることができる。しかし他の感染病と異なり、梅毒の場合これが難しい。TPAは細胞内で増殖するため、まず培養が難しく、現在も菌はウサギに接種することで維持されている。このため、患者さんの組織から直接分離した菌を調べて、菌の進化を追跡することがほとんどできていなかった。
   今日紹介するスイス・チューリッヒ大学を中心とする研究グループの論文は、最近古代人のゲノム解析にも用いられるDNAキャプチャー法を用いて多くの患者さんのTPAゲノムを比べ、最近の梅毒流行の原因の一つを特定した研究で12月5日発行のNature Microbiology に掲載された。タイトルは「Origin of modern syphilis and emergence of a pandemic Treponema pallidum cluster(現在の梅毒の起源と流行しているTreponema Pallidum群の出現)」だ。
   研究ではおそらく第1期に現れるしこり(硬性下疳と呼ばれている)や潰瘍からTPAをかき取って、そこからDNAを調整している。一部のサンプルは、ウサギの体内で維持されている株化された菌を用いている。サンプルは13カ国、70人の患者さんから集めている。当然サンプルには患者さん自身のDNAが大量に存在するため、キャプチャー方と呼ばれる方法でTPAゲノムだけを精製し、その配列を解析している。一人の患者さんから得られるサンプル量が少ないため、80%以上の配列が解読できたのが28例と減ってしまったが、TPAのゲノム進化を解明するためのデータが初めて得られたことになる。
   ゲノムからまず明らかになったのは、非性病性梅毒と呼ばれる一群の皮膚疾患の原因菌とTPAは完全に分離される点だ。これにより、TPAを単独で進化してきた菌として解析が可能になった。
  今回配列を比べた梅毒TPAは、現在の患者からはほとんど分離されない、かってアメリカで流行したニコル系統と、現在の患者から分離され全世界に広がっているSS14系統に分かれる。すなわち、梅毒の再流行の原因として問題になるのはSS14系統と特定された。SS14は全世界に広まっているにもかかわらず、多様性が低いことから、極めて最近進化した一系統が流行していると考えられる。
   配列からTPA進化の歴史を探ると、ニコル系統も、SS14系統も1774年頃に現れた共通祖先由来と特定できる。コロンブスが持ち込んだのでは?と不思議に思われるだろうが、おそらくヨーロッパで300年近くをかけて感染性の高い系統が生まれ、それが現在のTPAの共通祖先になっている。
   問題は、現在流行中のSS14系統のTPAがエリスロマイシンなどのマクロライド系抗生物質に対する耐性遺伝子を持っていることで、梅毒や淋病などの治療に多用されるアジスロマイシンに耐性菌の出現が現在の流行の背景にあると結論している。
   もちろんマクロライド系抗生物質への耐性獲得が全てを説明するわけではなく、解読するゲノムの数を増やし、配列の変化を詳細に検討することが重要だ。いずれにせよ、SS14は人類が抗生物質を開発して以降、新たに現れたTPAの系統と言えることから、早いうちにこれを抑え込む手立てを講じることが求められる。一般の人にとっては、新しく進化した菌による梅毒が静かに広がり、自分も感染する可能性があることを知ることが重要だろう。

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