今日紹介するオーストラリア・アデレード大学からの論文はついにネアンデルタール人までさかのぼり歯石に含まれるDNAを調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Neanderthal behaviour, diet, and disease inferred from ancient DNA in dental calculus (歯石中のDNAから推察されるネアンデルタール人の行動、食事、そして病気)」だ。
歯石の中では比較的DNAが守られていると述べたが、しかし少なくとも2万年以上前のネアンデルタールからの標本となると、よほど慎重に扱わないと間違った解釈を導く危険性があることは念頭において読む必要があるだろう。
また歯石に残るDNAの量も多くなさそうだ。もっとも多く読めたサンプルで1億5千万リードで止まっている。最初PCRによる解析も考えていた様だが、最終的にはショットガンシークエンスと呼ばれる方法で、歯石中のすべてのDNA配列を読んで、由来した細菌や食べ物を推察している。
読めた配列の94%はバクテリア、6%は古細菌で、食物や自分の細胞から由来したDNAはたかだか0.3%しかない。この中からまず食物由来のDNAを探すと、ベルギーのスパイ洞窟のネアンデルタール人ではほとんどが動物由来でマンモス、サイ、羊由来のDNAが見つかる。一方スペインのエルシドロンのネアンデルタール人からはほとんどが植物由来のDNAが見つかる。しかし、農耕による食物ではないので、forager(食べ物を探し歩く)だったとしている。
ただ、この結論はやはり多くの疑問が残る。ネアンデルタール人は火を使っていたことは知られているし、それによる変性はないのか?また人間のDNAを調べるのとは異なり歯石中のすべてのDNAを読むとなると、汚染されたDNAと区別は難しいが、その点についての議論がない。食物で大きな差が見つかったことを信頼性の根拠としてミスリードしている様に感じる。
信頼させた上で、さらに大きな膿瘍の跡がある骨から、アスピリンを含む植物やペニシリンを含むカビが見つかったことまで言及されると、ちょっとはしゃぎすぎではと懸念する。
一方DNAのほとんどを占めるバクテリアについては、食物に合わせて細菌叢が形成されていることを強調している。すなわち肉食のネアンデルタールは狩猟民族の細菌叢に近く、草食のネアンデルタールはチンパンジーに近い。これもなんとなく納得しやすい結果だ。あとはやはりDNAが壊れていて、明確な結論は導きにくそうだ。
最後にほぼ完全な配列を決定できた口内細菌の配列を他のソースからの同じ種と比べ系統樹を書いている。現代人の細菌と、ネアンデルタールの細菌が分離したのが12−14万年前、すなわち現代人とネアンデルタール人とが別れたずっと後なので、ゲノムからわかる様に口内細菌も身体接触を通して交換されていたと結論している。
ネアンデルタール研究には注目してきたが、この論文は慎重さが足りない様に思える。当時のスペインとベルギーの気候の差、歯石の形成プロセス、火の使用など、考慮すべき項目は多い。その点もしっかり議論して欲しいと感じた論文だ。信頼性はどうなのかぜひ専門家の意見を聞いてみたい。