この部分と全体の問題が今最も問い直されているのが腸内細菌叢の研究だろう。ゲノム解析技術の進展によって腸内の何千、何万種類もの細菌の構成を知ることができた。また、統計的相関として様々な症状と、細菌叢の変化を関連付けることもできる。しかし、例えば免疫系の研究でわかるように、無菌動物で一個一個の細菌の免疫系への影響を見る研究の重要性は極めて高い。
今日紹介するドイツ・ハイデルベルグにあるEMBLを中心に我が国の奈良先端大学院大学も加わった論文は、腸内細菌叢の研究も個々の細菌の培養データと組み合わせることが重要であることを示した論文で、3月19日号のNatureに掲載された。タイトルは「Extensive impact of non-antibiotic drugs on human gut bacteria(人間の腸内細菌に対する抗生物質以外の薬剤の強い影響)」だ。
腸内細菌研究は、私たちの体の中にもう一人の自分がいること、またそれを無視して私たちの体の状態を把握することができないことを明らかにした。とすると、私たち自身の細胞に対する薬剤が、腸内の細菌にも影響があると、作用や、副作用を身体の細胞への直接影響だけで判断するのは危険だ。事実、抗生物質以外の多くの薬剤が腸内細菌叢に影響があることは示されていたが、系統的な研究は難しかった。
今日紹介する論文は、様々な薬剤の腸内細菌叢への影響を最も古典的な方法、すなわち腸内の常在細菌の培養を用いて調べた論文で、昔だったら当たり前すぎてNatureには掲載されなかったかもしれない。しかし、全体についての論文が溢れる中では、大変新鮮に見える。研究では、常在細菌のそれぞれの種を代表する細菌株40種類を選び、各細菌の増殖について1000種類以上の薬剤の効果を調べている。全部で40000種類のスクリーニングにはなるが、今の技術レベルではそう難しくないはずだ。
この結果、抗生物質は言うに及ばず、抗菌剤や様々な病気に使われている薬剤のうち約25%が40種類のうちいずれかの細菌の増殖に作用がある。中でも、向神経薬はポンプやチャンネルの阻害剤が多く、影響を受ける細菌が多い。
後はこうして発見した、常在細菌の増殖を持つ薬剤が、本当に体の中でも作用しているのか、これまで調べられた薬剤と腸内細菌叢の関連を調べた研究と対比して、古典的細菌培養法によるアッセイが、実際の体内での影響をかなり反映できることを示している。また、抗生物質以外の薬剤での臨床治験で出てくる副作用の中には腸内細菌叢への影響を介したものも存在する可能性を示している。
他にも、抗生剤以外の薬剤も長期間服用することで、耐性菌を誘発する可能性があることも示している。しかしこれ以上の詳細はいいだろう。この研究の重要性は、細菌の培養法は決して過去の方法ではなく、今こそ新しい方法が開発されるべき重要な分野であることを示している。
あと、内服薬を作るということは、製薬会社の重要な目標だと思うが、今後は持続的に注入する簡便な方法の開発など、経口投与とは異なる薬剤の形状開発も重要になるように思う。