今日紹介する韓国の先端科学技術研究所KAISTと延世大学医学部からの論文は、最初から脳室のすぐ下にある神経幹細胞のニッチ領域(SVZ:subventricular zone)の神経幹細胞が人間のグリオブラストーマの起源だと仮説を立て、患者さんの手術時に、がんと同時にSVZ細胞も集めて、遺伝子変異を比べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Human glioblastoma arises from subventricular zone cells with low-level driver mutations(人間のグリオブラストーマは低いレベルのドライバー変異を持った脳室下帯の細胞から発生する)」だ。
この研究は全て人間の患者さんの脳組織で行われており、その意味で最初からグリオブラストーマの起源をSVZと決めて研究を進めている。そのため、患者さんのグリオブラストーマ細胞と、そこから離れた場所のSVZ、及び全く正常部位の脳皮質あるいは、血液細胞の3種類の細胞の全ゲノムを同時に調べ、正常組織にない変異がすでにSVZ細胞に存在するかどうか調べるところから始めている。
驚くことに(あるいは期待通り)、ガンから遠く離れたところにあるSVZ細胞にも比較的多くの変異が見られる。また多くの患者さんでは、がん細胞で見られる変異がSVZ細胞でも存在する。このようなガンと共通の変異を持つ例を詳しく見ると、グリオブラストーマのドライバーとして最も有名なisocitrate dehydrogenase(IDH)に変異が存在しない場合のみSVZ細胞にも共通の変異が認められ、なんとその8割が、TERT(テロメア合成酵素)のプロモーターやガンのドライバー遺伝子自体の変異を持っている。このことから、IDH変異のないグリオブラストーマではまずTERTのプロモーターなどドライバー遺伝子が変異を起こし、その上でガン化に伴うガン特異的変異が積み重なることでグリオブラストーマが成立すると提案している。TERTプロモーター変異については、PCRで他の病気の脳組織についても調べているが、グリオブラストーマの患者さんのように高い例はなかった。
SVZ自体は幹細胞以外の様々な細胞からできているので、次にSVZからレーザーによる顕微解剖により細胞をとりだしTERTプロモーター変異を調べると、神経幹細胞が存在する層だけにガンと同じ変異を見つけられる事を示している。
ガンから離れたSVZのドライバー変異が既に存在していることは、グリオブラストーマの起源はガン発生場所のグリアではなく、他の場所の神経幹細胞から発生する可能性を示唆している。これを確かめるため、今度はマウスモデルで脳の一部の領域のSVZに存在する細胞だけにがん遺伝子を発現させ、ガンが発生するまでの経過を追いかける実験を行い、まずSVZの幹細胞で変異が起こり、その後増殖しまた移動する過程で他のがん遺伝子が変異を起こしてグリオブラストーマが発生することを、マウスで確認している。
結果をまとめると、グリオブラストーマも白血病や多くのガンと同じで、幹細胞の増殖がほんの少し高まるレベルの変異を基礎として、少し増殖能力が上昇した幹細胞に他の遺伝子変異が蓄積してできるという話で、特に目新しいというわけではない。しかし、人間でそれを確かめるための研究を計画して示した点が重要だ。しかし、幹細胞から変異が始まるとすると、ガンを制圧する困難を再認識させられる。