5月20日:麻薬と脳内麻薬の作用の違い(6月6日発行予定Neuron掲載論文)
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5月20日:麻薬と脳内麻薬の作用の違い(6月6日発行予定Neuron掲載論文)

2018年5月20日
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昔も今も、痛みを止める切り札はモルフィネなどの麻薬だ。しかし、痛みだけを止めてくれるわけではなく、様々な向精神作用に加えて、呼吸や腸の運動などにも強い作用が見られる。現在では、このような麻薬がどの受容体を刺激し、どのようなシグナル伝達経路で作用を及ぼすのかについては、理解が進んでいる。そして、これらのシグナル経路は、決して外来の麻薬物質のために備わっているのではなく、私たちが本来持っているエンドルフィンやエンケファリンのような、脳内麻薬と呼ばれる物質を媒介することが明らかになっている。

様々な脳内麻薬が明らかになって新たに生じた疑問は、なぜモルフィネのようなアルカロイドはあれほど多様な作用を示すのかだ。一つの答えは、脳内麻薬がアミノ酸がつながったペプチドであるのに、モルフィネなどの麻薬はアルカロイドで、前者の作用が脳内に限局するのに、後者は全身に作用がでる点だ。ただ、脳内の反応だけに限っても、麻薬と脳内麻薬の作用は大きく異なっており、その原因解明が待たれていた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は両者の違いについて独自の新しい方法を用いて解析した研究で6月6日発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「A genetically encoded biosensor reveals location bias of opioid drug action(遺伝的に導入できるバイオセンサーにより麻薬の作用の局所的バイアスが明らかになった)」だ。

ほとんどの受容体分子は、リガンドと結合すると細胞内の立体構造を変化させ、この変化を通して下流の分子と特異的相互作用することでシグナルを伝える。この分子構造の変化は、変化前後の違いを認識できる抗体を用いて特定することができるが、抗体は細胞膜を通過しないため、生きた細胞で抗体を分子活性化のセンサーとして利用することは簡単でない。それを成し遂げたのがこの研究だ。

特にこの研究の売りは、抗体をラクダ科のラマで作ったことだ。免疫学者にはよく知られている事実だが、ラマの抗体はL鎖を持たない。すなわちH鎖だけのダイマーで出来ているため、一つのV領域で特異性が決まる。したがって、ラクダで活性化分子を認識する抗体を作り、その遺伝子を単離して、少し細工を施して細胞に導入すれば、生きた細胞で活性分子にだけ結合するセンサーとして使える。そして、L鎖遺伝子を気にする必要がないので、この過程が圧倒的に楽になる。しかし、実際に抗体のV鎖遺伝子がクローニングされ、神経科学の人に利用されているとは驚きだった。

活性化された分子を生きた細胞で特定できることのパワーは絶大だ。特にリガンドに結合し活性化された分子の細胞内局在を追跡することができる。そしてこの研究では、麻薬に対する受容体が刺激されシグナルを送る場所が、細胞膜上だけでないことを明らかにする。すなわち、脳内麻薬のような、細胞膜を通過しないペプチドがリガンドになる場合は、まず細胞膜上で受容体と結合し、その後エンドゾームに取り込まれて、そこでも刺激が長期間持続する。これまで、エンドゾームに取り込まれてからも刺激が続くことは間接的に示されていたが、今回新しい方法を用いて実際受容体が活性化状態にあることが証明された。

一方、細胞膜を通過できる麻薬の場合は、脳内麻薬による細胞膜からエンドゾームという経路に加えて、それよりさらに強い刺激がまだゴルジ体に存在する作られたばかりの受容体に加わっていることがわかった。ゴルジ体で刺激が入るのは、一般の麻薬が細胞膜を通過するためで、ちょっと驚くべき結果だが、細胞内で活性化した受容体を特定できるセンサーが出来て初めて明らかになった事実だ。

話は以上で、これがどれほど麻薬と、脳内麻薬の違いを説明できるのかはまだ研究が必要だろう。ラマで抗体を作るのがどの程度簡単かにもよるが、麻薬受容体だけでなく、様々なシグナル研究に使える気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ