自閉症の科学3回目は、自閉症児の脳の画像検査に関する研究を紹介する。
早期診断の重要性
自閉症スペクトラム(ASD)が主に発生時と発達時期の脳回路の形成の異常として発生することはほぼ間違いのない事実と考えられるようになっている。原因として複雑な遺伝子変化の組み合わせによる遺伝的要因が大きいが、母体がさらされている低栄養、アルコール、感染、発熱、炎症、そして神経刺激物質(治療薬や農薬を含むあらゆる神経刺激物質)など様々な外的要因によっても発症リスクが高まる。従って、これらの要因を取り除くことが現在私たちにできる唯一の予防と言えるが、現代社会で、妊婦さんをこのような要因から完璧に守ることは簡単ではない。
完全な予防が難しければ、まだ脳が融通性を保っている発達期に介入して、脳回路を一般児と同じ方向へ発達させる方法の開発が必要で、100人に1人という自閉症の発症率を考えると21世紀医学の重要な課題だ。しかしそのためには、できるだけ早く診断を確定しなければならない。
ゲノム研究が始まってから、場合によっては生まれる前から解析可能なゲノム検査で早期の診断が可能になるのではと大きく期待されたが、ASDの脳回路形成が多くのゲノム領域の関わる複雑な過程で一筋縄では理解できないことがわかり、単一遺伝子による一部の症例を除いて、ゲノム検査で早期診断するというゴールは遠のいた。
代わりにMRIを用いてASDを脳の構造から診断する試みも続いている。昨年私のブログでも紹介したように、家族歴から自閉症のリスクの高い幼児を選び、その子供達のMRI検査を様々な発達時期に行って発達期の脳の構造変化を調べたノースカロライナ大学の論文がNatureに発表された。この研究により、ASDの子供の脳皮質の増加率が一般児より大きく、これを指標とすることで症状が現れる前から診断できることが示された。(Hazelett et al, Nature 542:348, 2017)
また昨年6月には同じノースカロライナ大学を中心とする研究グループが、自閉症のリスクが高い幼児のMRI検査で、今度は脳内各領域の結合を調べた論文を発表し、この方法を使っても生後6ヶ月で診断が可能と結論している(Emerson et al, Science Translational Medicine 9:eaag2882, 2017)(詳しい紹介は私のブログを参照)。
ただこれらの方法は、自然睡眠時を狙ってMRI検査ができる能力の高い機械が必要な点、および睡眠中しか測定できないため、脳の構造しかわからないという欠点がある。
一方、幼児の行動異常を早期に診断する試みも行われている。やはり私のブログで紹介したが、視線を追跡するアイトラッカーを用いてブラウン管に現れる人の顔への反応を調べることで生後6ヶ月目から自閉症と診断できるという論文が発表されている。
このように、行動、脳構造、遺伝子解析などを総合して早期診断する期待は着実に実現されつつあると言える。
今日紹介する論文
これまで行われてきた、早期診断のための取り組みについて理解いただけたと期待するが、今日紹介するジュネーブ大学からの研究は、脳波計(EEG)による脳の活動記録と、視線を追いかけるアイトラッカー検査や、行動評価のために開発された指標を相関させようとする試みで、オンライン雑誌eLifeに最近発表された。(Sperdin et al, eLife :Early alterations of social brain networks in young children with autism(自閉症と診断された幼児の社会性の脳回路に早期から見られる変化), DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.31670:この雑誌はフリーアクセスなので、誰でも読むことができる)。
読んでみると、この研究は最初から著者らが重要と考える脳回路を決めた上で進められているのがわかる。ただ脳研究では、特に珍しいことではない。膨大な領域同士が結合している脳を調べる場合、特に注目すべき場所をROIと呼んで、その領域に限って調べないと、複雑すぎて収拾がつかないことになる。
この研究では、まずASDにかかわる領域として、眼窩前頭野、内側前頭前皮質、上側頭皮質、側頭極、扁桃体、楔前部、側頭頭頂境界、前帯状皮質、そして島皮質(これらの領域については気にせず読み飛ばしてほしい)を注目する領域として選び、これら領域の活動から計算される領域の間の神経結合を一般児と、ASD児で比べている。これらの領域は、社会性に関わる脳ネットワークを形成する重要な領域だ。
EEGですら、2-4歳という極めて早い段階のASDの子供を麻酔なしで解析することは難しかったようだ。この研究でもこの時期の子供は静かにしないので、忍耐強く動きの少ない時の脳波を集めている。また検査のために集まってもらった半分の子供は、動きすぎて研究から除外せざるをえなくなっている。
この研究では、記録した活動を脳波の各波長別にSummed Outflow(脳をネットワークとして各部位の活動を起こす神経的因果性を調べるモデルを用いて計算した指標)に計算して指標として用いている。ただ、研究手法や結果は専門的で、一般の方にはわかりにくい。したがって、専門の方には、オープンアクセスの論文を読んでもらうことにして、誤解を恐れずわかりやすくまとめると以下の3点になるだろう。
- この方法で調べると、ASDの幼児では社会性に関わる脳のネットワーク内各領域の結合性が高まっており、その結果それぞれの領域から出る情報の量も上昇している。
- 各領域の活動量は、様々な行動指標と個別に相関している。例えば、VABS-2と呼ばれる適応行動を総合的に評価する指標は、文字処理に関わるLingual領域の活動と相関を示す。遊びながら測定できるPEP-3と呼ばれる教育診断検査指標は、弁蓋部の情報量と相関する。そして、顔を見たときの視線の反応では、帯状回の情報量とが相関していた。
- この時の相関は、逆の相関で、対応する領域の活動が高いほど、実際の行動は異常性が高まる。
これまで、年長児の脳活動を他の方法で測ると、例えば顔を見たときの弁蓋部の活動が抑制されていることが知られており、社会性の脳ネットワークが全体的に上昇しているという今回の結果は、ASDでは脳の活動が抑えられているのではという直感に反するように思える。しかし、先に紹介した幼児の脳構造を調べた結果は、ASD児で皮質の面積が増大していることを示している。これについて、著者らは「発生時に形成された回路の問題点を解決しようと代償的に社会性のネットワークが活動している」と考察している。
例えばスポーツなどで、一つの筋肉に不具合が生じたまま運動を続けると、他の筋肉がオーバーワークになることで、最終的に元に戻せないアンバランスが生じることが知られている。私には、今日紹介した幼児期のASDの研究は、同じことが脳回路形成でも起こっている可能性を示唆しているように思える。とすると、オーバーワークを引き起こす元の回路の異常を見つけることが最も重要になるが、残念ながら核心は闇の中のようだ。とはいえ、幼児期の脳機能、脳構造の研究の重要性を実感する。
少し専門的になりすぎてわかりにくかったと反省しています。