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自閉症の科学8 自閉症の神経科学的研究の現状

2019年8月22日
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現役を退いてすでに5年を超えたが、分野を問わず論文を読んでいて実感するのが、自閉症スペクトラム(ASD)についての研究の進展だ。私が門外漢であるためより興味を惹かれることもあるが、最新のテクノロジーが集められて研究が進んでいる領域であることは間違いない。ただ、実際の治療に携わる医師や心理士、教育者は、なかなか最新の研究をフォローするだけの余裕がないと思う。そんな人たちにわかりやすく最近の研究を紹介したのが今日紹介する総説だ。もちろん、一般の研究者にとっても、あるいはASDの子供を持つ家族の方にとっても、神経科学から浮き上がってくるASDの輪郭を掴むには良い総説だと思い紹介することにした(Muhle et al, The emerging clinical neuroscience of autism spectrum disorder (新しく現れてきた自閉症スペクトラムの臨床神経科学) JAMA Psychiatry 75:514, 2018)。

ASDは症状も、原因も極めて多様な病気で、その数も米国では1-2%と驚くべき数に達している。重要なのは多様性にもかかわらずASDとしてまとめられる症状を共有していることだ。しかしこのことは、ASDと診断して満足してしまうと、多様性を見失い治療の可能性を失う事すらありうることを意味する。この総説では冒頭に16p11.2欠失症候群とASDの併発している症例を例にあげ、生物学的原因を丹念に調べれば、この遺伝的変化に認可されているリスペリドンやアリピプラゾールによる治療も可能であることを強調し、ASDの生物学についての知識を持つことの重要性を説いている。その上で、1)遺伝要因、2)環境要因、3)脳イメージング、4)疾患モデル、の各項目にわけ、最近の研究状況をまとめている。

1) 遺伝要因

一卵性双生児で発症の一致率が50-80%、兄弟では25%という数字は、ASDが多様であっても特定の遺伝子の組み合わせを反映した状態であることを示している。このため、遺伝的変異をゲノム全体について特定できる新しいゲノムテクノロジー(マイクロアレー、エクソーム解析、全ゲノム解析)に大きな期待が集まり、多くの研究が行われた。

この結果、数多くの神経機能に直接関わる分子や、その分子の発現に関わる分子の変異(点突然変異、欠失、重複)などがASDと相関していることがわかった。しかし、欠失など大きな遺伝子変異が200種類、一塩基レベルの小さな変異に至っては何百もの変異がASDと相関することがわかり、最初の期待は戸惑いに変わってしまった。すなわち、多くの遺伝病のように単純な分子レベルの因果性を構想することができない点だ。

このことは、ASDを遺伝性が高いが、分子メカニズムが多様である状態として理解する必要性を示唆している。すなわち、症状は同じでも、各人の遺伝的条件に応じて、その症状を考え、治療を計画する必要がある。とすると、ASDのゲノム検査の重要性は明らかで、てんかんや知能の低下がある場合はいうに及ばす、ASDの疑いがある場合はほぼ全員にゲノム検査が行われることが必要になる。

2) 環境要因

一卵性双生児の場合ですら必ずしも発症が一致しないことは、生前・生後の環境要因も無視できないことを示している。このすきまに、「はしかワクチンが自閉症を誘発する」というWakefieldの世紀の大捏造が生まれたわけだが、例えば早産でASDのリスクが高まることは統計学的に証明されており、このことは脳発生に影響を及ぼすあらゆる外的要因がASDの誘因になることを意味している。事実、科学的な疫学調査で、早産、低酸素、虚血、母親の肥満、糖尿など内的要因がASDリスクを高めることが証明されている。

食品や環境に存在する化学物質のような外的要因のリストも膨大になっている。ただ神経細胞の発達に影響を持つことの明らかな薬剤を除くと、内因性の要因と比べて因果性の特定が難しく、細胞や動物レベルの研究で因果性を調べることが必要になる。

3) 脳のイメージング

MRIをはじめ様々な機器を使う脳イメージングのテクノロジーは急速に発展し、これまで測定が難しかった幼児でも検査が可能になっている。この結果、脳内の変化の多くが生まれる前の発達期に起こっていることがわかってきた。このおかげで、場合によっては6ヶ月という速さで診断する可能性も生まれている。

イメージング技術を使って明らかになった最も重要な発見は、ASDの子供は生後6ヶ月から12ヶ月にかけて脳皮質が拡大することで、シナプスの剪定の低下などが議論されているが、解釈のためには研究が必要だ。同じように、2-4歳までの発達期でも、扁桃体をはじめ社会性に関わる様々な脳領域が大きくなる一方、各領域の間の結合性は逆に低下する場合が多い。これとは逆に、皮質下の神経結合は高まっているという報告があり、総合すると脳の局所的な回路が高まる一方、広い領域を統合する回路の結合性が低下するのがASDの特徴ではないかと考えられている。

しかし、これらの検査でASDを他の病気から区別して診断できるかというと、脳の構造の多様性は大きく、イメージングだけで診断するのはまだ難しいことも現実だ。

4) 疾患モデル

コンピュータで病気を再構成するインシリコのバーチャルモデルから試験管内の細胞を用いるモデルまで、様々なASDモデルが開発されてきた。特に遺伝的要因によるASDモデル動物は、脆弱性X、Rett症候群、MECP2重複症など多くが作成され、研究に用いられている。最近では、MECP2欠損のサルのモデルも開発され、より人間に近い動物での研究に期待が集まっている。

もちろんASDを多様な症状の集まりとして考える場合、それぞれの症状に対応する動物モデルはマウスであっても十分役に立つ。特に、薬剤や遺伝子治療の可能性を試すときには動物モデルは必須で、「動物の脳は人の脳とは異なる」と片付けず、地道にモデルを開発する努力が必要だと思う。

もう一つ重要な領域は、情報科学分野を用いた疾患モデル研究で、遺伝子データと、症状や、イメージング、さらにはiPS由来の神経細胞反応性などを統合した人工知能を開発すべく、研究が加速している。 

以上がこの総説の内容だが、最終的メッセージは、Kannerが自閉症を定義した時代には考えられなかった、ASDの生物学が急速に進んでいることに尽きる。そして、ゲノム診断や、イメージング解析など、新しい展開に即応した検査を行うことが、将来の治療法開発につながる。

この総説に書かれていることは、自閉症についての個々の論文として、これまでなんども紹介してきたが、この総説は本当によくまとまっているので、この分野に関わる方にぜひ読んでほしい。

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