AASJホームページ > 新着情報 > 自閉症の科学(連載) > 自閉症の科学14: 注目すべき自閉症の遺伝子研究

自閉症の科学14: 注目すべき自閉症の遺伝子研究

2019年8月24日
SNSシェア

今日は自閉症の遺伝子研究の解説も兼ねて、スペインからの論文を紹介したい。一般の人には難しい箇所も多いと思うが、ぜひ紹介したい重要な論文なので、なんとか読破してほしいと願っている。

自閉症遺伝子研究の難しさ

自閉症スペクトラム(ASD)は、一卵性双生児間での発症一致率が高いことから、遺伝的要因が高いと考えられている。しかし病気のゲノム研究が進むにつれ、何か特定の遺伝子がASDの発症を促すというケースはまれで、遺伝性はあっても、たくさんの遺伝子が様々な程度に複雑に絡み合って出来上がった脳の状態であることがわかってきた。こうしてASDリスク遺伝子としてリストされた遺伝子は今や100以上になっている。

もちろんASDの原因として単一の遺伝子変異を特定できる場合もある。しかしこの場合も、特定の分子の変異が多くのASDリスク遺伝子の表現に影響を及ぼし症状が出ることが普通だ。

一般の方は、遺伝子変異による病気というと、例えば凝固因子遺伝子の変異で、血液が固まりにくくなる血友病のようなケースを想像されると思うが、実際にはこのように多くのリスク分子の表現が絡み合っている遺伝性の病気も数多くある。

突発性のASD研究の難しさ

このように、ASD発症の原因として一つの遺伝子変異が特定される場合もあるが、ASDの大半は遺伝性はあっても、その遺伝子変異を特定することが難しい。医学ではこのような場合を突発性と呼んでいる。原因遺伝子が特定できる場合でも、また突発性でも、ASDは、1)社会性の低下、2)言語発達の遅れ、3)反復行動、など共通の症状を示すことから、突発性のASDの背景に、多様ではあっても共通の分子メカニズムが存在していると予想できる。しかし研究の攻め口が見つからず、分子メカニズムの研究は難航していた。

自閉症関連遺伝子を調節する分子 CPEB4の発見

今日紹介するスペインのオチョア分子生物学研究所からの論文は、突発性ASD患者さんに共通に存在する分子レベルの手がかりを見つけることに成功した画期的研究で、昨日発行のNatureに発表された(Parras et al, Autism-like phenotype and risk gene mRNA deadenylation by CPEB4 missplicing (CPEB4のスプライス異常による自閉症様形質とリスク遺伝子mRNAの脱アデニル化), Nature 560:441-446, 2018)。

あらゆる詳細をすっ飛ばして、この研究の発見を一言で表現すると「突発性のASDでは短いCPBE4分子の割合が多く、その結果多くのASDリスク遺伝子の発現がまとまって低下してしまう」になる。しかし医学研究者でもこれを聞かされただけでは、なんのことかわからないと思うので、できるだけわかりやすく解説してみよう。

CPEB4とはどんな分子か?

遺伝子(DNA)から読み出されるmRNAには、タンパク質を作る工場、リボゾームと結合するためのアデニンの繰り返すPoly-A tailが付いている。CPEB4はこのpoly-A tailから少し離れた場所に結合して、poly-A tailの長さを調節する起点となる働きを持っている。もしpoly-A tailが削られてしまうと、リボゾームにmRNAを届けられず、タンパク質の合成が低下することになる。これまでの研究で、CPEB4は神経細胞間の連結部位、シナプスでの神経伝達の強さを調節するタンパク質の合成を調節し、学習や記憶に重要な働きをすることがわかっている。

CPEB4は多くのASD関連遺伝子のmRNAと結合する

CPEB4は全てのmRNAと結合するわけではなく、支配するmRNAは3000種類ほどだ。そして驚くことに、これまでのゲノム研究で自閉症リスク遺伝子として特定された遺伝子のmRNAの多くがCPEB4と結合することが明らかになった。すなわち、初めてASDと自閉症リスク遺伝子セットを結合している分子の手がかりが見つかった。

ASD患者さんでは4番目のエクソンが欠損したCPEB4の割合が多い

ではASDの人と、一般の人のCPEB4に何か違いがあるのか?もちろん遺伝子自体の変異はないが、CPEB4 mRNAの中の、4番目のエクソンが欠損しているmRNAの比率が、突発性ASDでは高いことが明らかになった。

DNAから読み出されたmRNAは、核の中でタンパク質の情報部分(エクソンと呼ぶ)だけを選び出す切り貼りが行われ、短いmRNAに変換される。これをスプライシングと呼んでいるが、この時遺伝子の一部を飛ばしてしまって切り貼りすることがよく起こる。この結果短いmRNAができる事自体は多くのmRNAで普通に起こっているが、4番目が飛んでしまったCPEB4mRNAの比率だけがASDの脳で高いというのは、何かありそうだと思える。

しかも、4番目のエクソンが飛んでしまったCPEB4の割合が多い脳細胞では、自閉症リスク遺伝子の25-40%でmRNAのpoly-A tailが短くなり、その結果これらASDリスク遺伝子のタンパク質が作られにくくなることがわかった。影響を受けるASDリスク遺伝子をよく見ると、社会性に関わるオキシトシンシグナルに関わる分子の合成が最も影響を受けていた。

4番目のエクソンが欠けた遺伝を持つマウスはASDの症状が出る

最後に、人の自閉症に症特異的に見られた4番目のエクソンが欠けたCPEB4遺伝子を導入した遺伝子改変マウスを作成し脳を調べると、多くのASDリスク遺伝子のpolyAが短くなり、タンパク質への翻訳が低下し、そしてその結果マウスが自閉症に似た症状を示すことがわかった。一方、単純にCPEB4を神経細胞からノックアウトしただけでは、このような変化は見られず、エクソン4の欠けたCPEB4が多い時にASDの様な症状が起こることが明らかになった。

まとめ

以上が結果で、これまで読んだ自閉症ゲノムの研究では、最も感銘を受けた。何よりも、自閉症リスク遺伝子としてまとめられる遺伝子群にも、明確な分子生物学的特徴(CPEB4結合性)があることがわかった。このような性質が、脳の進化の中でどう誕生したのか?またこの性質が進化的にマウスから保存されているとすると、CPEB4結合性はどの脳機能に関わっているのか?疑問は尽きない。もしこれらの疑問が解けてくれば、自閉症理解は大きく進むだろう。

自閉症理解という観点からいえば、なぜASDで4番目のエクソンがスキップされた短いCPEB4mRNAが増えるのか。これがわかると、治療も可能になるかもしれない。

最後に、突発性ASDのマウスモデルができたことも、今後の研究にとって大変重要な進歩だ。今後の進展に期待したい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


The reCAPTCHA verification period has expired. Please reload the page.