新型コロナウイルスに関する論文の数をPubMedで調べると、今日の時点で2000を越しており、このウイルスに対する情報が急速に蓄積されていることがわかる。ただ、このような混乱期の論文は、厳しい審査で選択するより、一定の基準があればともかく掲載して、情報を伝えたいというのが多くの雑誌のポリシーだろう。したがって、査読雑誌に掲載されたからといって、内容については鵜呑みにすることは危険を伴う。幸い、重大な指摘はすぐに反論や修正を求める論文や意見が寄せられるため、評価が定まるのにそう時間はかからない。
そんな一つがレニン・アンジオテンシン系の阻害剤を用いて高血圧治療を行なっている人は、新型コロナウイルスが重症化するリスクがあるのではという,ルイジアナ州立大学の研究者がJ.Travel Medicineに発表した指摘だろう。
この論文では、アンジオテンシンやその受容体の阻害剤の静脈注射を受けた動物の心臓や肺で、新型コロナウイルスの受容体であるACE2発現が上昇することを指摘し、この上昇がウイルスの細胞内への侵入を助け、感染の重症化につながるのではと懸念を表明した。
新型コロナウイルス感染の重症者の3割近くが高血圧ということが報告されていたため、多くの患者さんが服用する高血圧に対する薬剤により重症化が起こるのではと、この分野に衝撃が走った。
ところが中国の英文誌Science China3月号では、新型コロナウイルス感染患者さんの解析に基づき、ACE2機能がウイルスで抑制されるるため、アンジオテンシン2の濃度が上昇し肺血管の収縮で症状が重くなる可能性を指摘、アンジオテンシン受容体抑制剤を新型コロナウイルス治療に使えるという研究が発表された。またこの仮説に基づき実際治験が行われていることがわかった。
このように、レニンアンジオテンシン系高血圧治療について、相反する可能性が示唆されたわけで、実際患者さんに処方している医師達の混乱を招くことになった。
この混乱を鎮めるべく、臨床研究の雑誌をリードする3雑誌がこの問題についての見解相次いで発表した。
他にもHypertensionなども同じ趣旨の論文が発表されている。
詳しくは紹介しないが、いずれの雑誌も基本的には同じ意見で、
- ACE2はレニンアンギオテンシン系の抑制システムで、新型コロナウイルスの細胞接着を媒介する。
- 動物実験でレニンアンジオテンシン系阻害は、確かにACE2の発現を上昇させ、重症化の原因になる懸念は存在する。
- しかし、人間については、動物実験結果がそのまま当てはまるか証拠は乏しい。
- しかも、レニンアンギオテンシン系阻害剤を用いる新型コロナの治療治験も走っている。
- このような状況で、高血圧のレニンアンジオテンシン系阻害薬を急に中止する方がはるかに危険性は高い。
- 従って、これらの薬剤で血圧や心臓機能が安定に保たれている患者さんは、新しいデータが出るまで服用を続けて問題はない。
と結論している。
ただ、それでも心配な場合として、The BMJでは
- 現在重度の血圧や心臓病をレニンアンジオテンシン系阻害剤でなんとかコントロールしている場合は新型コロナに感染してもそのまま続ける。
- 軽度の高血圧でレニンアンジオテンシン系阻害剤を服用している場合、コロナ感染がはっきりした時点で服用を中止。
- 同じく軽度の患者さんで、コロナ感染の可能性が高いばあい(家族、医療スタッフなど)は、感染前に中止を考える。
という3種類のガイドラインを出している。患者さんに聞かれた時の参考にしてほしいとまとめてみた。
今後も進展があれば論文紹介する。