いつも不思議に思うのだが、機能的MRIで脳が働いている領域を血流の変化で捕らえられるということは、脳の働いている領域へ血流が優先的に向けられるということを意味している。しかし、どの様な機構でこれは起こっているのだろうか。もし血管レベルで脳の領域レベルの活動が調節できるとすると、私たちが脳でイメージする個々のシナプスでの神経同士の結合ネットワークだけでなく、より大きな細胞集団を選択的に支える機構も、脳機能にとって重要になる。
この疑問は、最近の脳へ磁場を与えたり、直接電流を流す研究を読んでいると、ますます強くなる。すなわち、個々の神経回路のみならず、領域単位の変化で神経機能を変化させられるとすると、集団の活動と、個別の神経の活動がうまく調節されることで、脳が働いていることになる。今日紹介するボストン大学からの論文はこの領域間の同期がうまくいかないのが老化による作業記憶の低下の原因で、これを電流で治せることを示した面白い研究だ。タイトルは「Working memory revived in older adults by synchronizing rhythmic brain circuits(高齢者の作業記憶は脳回路のリズムを同期させることで復活する)」で。Nature Neuroscienceにオンライン出版された。
この研究では、最近海馬の記憶形成時にみられる、γ波という早い周期の脳波成分が、θ波という遅い周期の成分に同期するPhase amplitude coupling(PAC)に注目して、老化による作業記憶の低下とPACの発生に何らかの関係がないか、作業記憶を調べる課題を行いながら、脳波を記録して調べている。
結果は、作業記憶が正常に働いていると、側頭葉で記憶される脳波でPACが見られるが、これが高齢者で欠損していること。また、このPACの発生は、前頭葉と側頭葉のθ波の位相が一致することで発生することを特定する。
同じような結果はこれまでも示されていたと思うが、この研究では前頭葉と、側頭葉の2箇所を位相を合わせた電流で25分間刺激して、側頭葉にPACを発生させることに成功している。しかも、このPACの回復の程度に応じて、作業記憶能力が回復している。
すなわち、
- 前頭葉からの働きで、側頭葉が同調することで、側頭葉で発生したθ波にγ波がカップルすることで、作業記憶が維持されること、
- この過程が高齢者では阻害されており、その結果作業記憶が低下していること、
- そしてこれを領域レベルの操作で回復させることができること
が結論になる。
この研究では、極めて短期の操作による結果を調べているが、今後より長期の操作で、自然に前頭葉から側頭葉の同期が起こるようにすることが目標になるだろう。短期の操作を繰り返せば慣れで治るのか、あるいは他の刺激が必要なのか、興味が尽きない。おそらくスーパー高齢者での研究も必要だろう。しかし、私たち高齢者にとって一番気になる問題についても、着々と研究が進んでいるのは嬉しい。
γ波:2019/3/16のAD治療でも指摘されてる脳波ですね。
それが関連した、PACを指標に、高齢者作業記憶を評価。
→
化学物質(薬)だけでなく、こうした物理刺激による治療も意外と効果あるのかもしれません。こうした切り口の研究も国内で盛んになるといいのですが。。。