最近は当たり前の技術になってしまって驚きが無くなったためか、このブログで、クリスパー自体や、それを用いた研究について紹介する回数は減ったが、実際には利用の裾野は広がり、何らかの形でこの技術を使っている論文数は増加の一途をたどっている。また、この系の臨床応用についても、前臨床研究の数が着実に増えてきており、医療として使われるのも近いことが実感される。
臨床応用を目指した研究に関しては、さらに安全な技術に改良するとともに、現在ある技術でも十分メリットが期待できる病気を選ぶための探索研究が中心になっている。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文もそんな例の一つで胎児期に羊水へベクターを注射して直接つながる肺の遺伝病を治すという面白い試みだ。タイトルは「In utero gene editing for monogenic lung disease(子宮内での遺伝子編集により肺の単一遺伝病を治療する)」だ。
胎児は羊水に浸かっており、消化管や肺は羊水に直接接している。従って、羊水に遺伝子編集ベクターを注射することで、これら器官に関わる遺伝病を治療する可能性がある。この研究では、羊水への遺伝子注入法がどの程度の効率で遺伝子を編集できるのか、ストップコドンをノックアウトすると蛍光が赤から緑に変化する遺伝子を導入したマウスを用いて調べている。
導入した遺伝子の蛍光をスイッチするには、2箇所の正確なカットが必要だが、約20%の上皮細胞で蛍光のスイッチが認められる。また同じ上皮でも、SCGB1A1を分泌する細胞では特に遺伝子発現効率が高いことを示している。上皮には様々なタイプがあり、それぞれ遺伝子導入効率は異なるが、羊水からのアプローチで上皮特異的に遺伝子編集が可能であることが示された。
次に、この技術が使える疾患選びになるが、肺胞のAT2上皮細胞が分泌するサーファクタント分子の変異により胎児内で肺胞細胞が障害されて、生後死亡する突然変異を標的に、この技術で治療が可能か調べている。
まず切断場所を決めるガイドRNAを至適化した後、同じように羊水にアデノ随伴ウイルスでCASやガイドRNAを導入して出生前の肺を調べると、毒性のある変異サーファクタントの量が低下して、肺胞細胞への分化も正常化していることが明らかになった。
その上で治療としての効果を調べると、通常生後すぐに死亡する胎児の6%が168時間を超えて生存できることを示している。
もちろん、この前臨床データでそのまま臨床試験へゴーサインが出るとは思わない。もともと、マウスを使う実験系では、羊水への注射自体が高い危険性を伴う。したがって、効率をより高めること、羊水注射の容易な大型動物で確認することなどが重要だと思うが、現在のままでもこの技術を利用できる病気のリストが一つ増えたこと、そして皮膚、肺上皮といった、胎児期の治療の可能性がはっきりと示せたことは重要だと思っている。
CRISPR-Cas:つい最近発見されたかと思ってたら、もう、胎児遺伝子治療の可能性の探索が開始されてる。
→時代の流れるスピード、明らかに早くなってます。
ちょっと油断してたら。。。です。
ターゲット特異性の問題は、いずれのモダリティーにおいても議論になります。標的部位周辺をごっそり編集することの有意性は示されつつありますが、一コドン(アミノ酸一残基)単位で編集できる高度な編集技術の開発も待ちたいです。