バーコードで単一細胞由来のmRNAをラベルして、各細胞の発現遺伝子を調べるsingle cell transcriptome 解析については何度も紹介しており、今、生命科学では最も熱いテクノロジーの一つだ。当然、アルツハイマー病のような複雑な脳の状態を調べる切り札になるのではと想像できる。
MITやハーバード大学の強みは、このような誰もが期待する研究についてはいち早くやり遂げる体制ができている点だろう。現役の頃から今までその印象は変わらない。今日紹介する論文もMITからで、アルツハイマー病患者さんの剖検時前頭皮質脳組織を採取し、48人の患者さんでsingle cell transcriptome解析を行っている。タイトルは「Single-cell transcriptomic analysis of Alzheimer’s disease (アルツハイマー病患者さんのsingle cell transcriptomic解析)」だ。
なんとなく急いでいたのか、全体的に雑な感じの論文で、48人の患者さんなのに全体で8万個の細胞を分析したというのは少し少ない感じがする。おそらく解剖の後凍結保存する過程で様々な死後変化が起こっており、また単一細胞の浮遊液を作るのも簡単でなかったのではと思う。もう少し方法を詰めて結果を出して欲しいと思う。
結局全く新しいメッセージは出てきていないように思う。神経細胞は興奮ニューロンも抑制ニューロンも正常と比べると、ほとんどの遺伝子の発現が低下している一方、アストロサイトやグリアでは多くの遺伝子の発現が上昇していると結論しているが、神経細胞のRNAが壊れやすいだけである可能性はないとは言えない。
それぞれの遺伝子の上がり下がりは細胞特異的だが、最も変化する遺伝子の機能を調べると、例えばミエリン化や軸索伸長など細胞同士が強調しているので、この変化は意味がある変化ではないかとも結論している。
次に、遺伝子発現の変化を症状やアミロイド沈着などとの相関を調べ、各細胞でアルツハイマーの症状・病理と関わる遺伝子群を1−10まで分離している。例えば、グリアでは炎症性分子の上昇がアミロイドの沈着と相関するし、M9はオリゴデンドロサイトのミエリン化遺伝子が症状と関わる。またこうしてアルツハイマーの症状病理と関わることがわかった遺伝子の一部は、ゲノム解析でのリスク遺伝子とオーバーラップする。このように結局特に新しい発見はない。
この方法の最大の利点は、病的な細胞が生まれるまでの経過を追いかけられる点だが、この研究でもそれぞれの細胞のサブセットが存在することは示せているが、残念ながら病理的細胞への経過は示せていない。
唯一新しい発見として、病気が進行するときの細胞レベルの変化が男女で大きく異なるという発見だ。例えば病期が進むと、オリゴデンドロサイトの転写が高まり修復過程がオンになるが、女性ではこれが認められない。また、興奮・抑制ニューロンともに転写は女性では病気の進行とともに低下が激しいが、男性では程度が低い。これらの変化を実際の病理と対応させ、アルツハイマー病で女性に強く皮質の白質の縮小が見られるのに男性では強くないことと関わると結論している。
結局最初期待したほどの大発見はなく、MITといえども論文を通すのに一年近くかかっているのも頷ける。少し批判的に書きすぎたが、ただ、この方向の研究は重要だ。特に、死後変化も加味して、情報を処理できるインフォーマティックスの確立は病理学を変えると思う。
AD患者さんの剖検時前頭皮質脳組織を採取し、48人の患者さんでsingle cell transcriptome解析
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MITやハーバード大学の強みは、このような誰もが期待する研究についてはいち早くやり遂げてしまう。
Imp:論文ワッチコーナーにて、SCTとかにも興味持ってるんですが、海外勢の動きは素早いです。