アミノ酸の中でもbranched chain amino acid(BCAA)と呼ばれるバリンやロイシンなどは、運動能力を高めるサプリメントとして利用されているが、逆に血中濃度が高い人は肥満やインシュリン抵抗性の原因となることがわかっている。ただ、個人的にはアミノ酸の代謝については最も苦手な分野でほとんどフォローしていなかった。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校のKajimuraさんの研究室からの論文は褐色脂肪細胞でのBCAAの代謝が私たちのエネルギーバランスを調整している仕組みについて明らかにした研究で8月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「BCAA catabolism in brown fat controls energy homeostasis through SLC25A44 (褐色脂肪細胞でのBCAAの代謝はSLC25A44を介してエネルギーのホメオスターシスを調節している)」だ。
完全にプロの仕事で、代謝についてあまりなじみのない頭はついていくのが精一杯だが、人間で褐色脂肪組織の多い人と少ない人を、低温に晒して褐色脂肪細胞を活性化した時に、バリンやロイシンなどのBCAAが低下するという小さな変化を見落とさず、この原因をマウスを用いて追求し、褐色脂肪組織が活性化されるとBCAAのクリアランスが高まることを確認し、そのメカニズムの解析に進んでいる。
ノックアウトマウスや様々なテクノロジーを用いた実験を組み合わせて、段階的にBCAAの代謝とその変化の影響を探るという、まさに代謝のプロの実験だが、ここでは詳細は省いて結論を箇条書きにする。
- 血中のBCAAは主に褐色脂肪組織に取り込まれ、ミトコンドリアで酸化される。このBCAAの酸化は褐色脂肪細胞の熱発生に必須で、酸化ができないマウスでは低温に晒されて熱を生成できず、体温が上がらない。
- 酸化されたBCAAはTCAサイクルから合成されるコハク酸を介してUCP1依存性熱発生を誘導することで、急性のエネルギーバランスを調整している。
- この回路が抑えられると、インシュリン抵抗性が生まれ、肥満になる。
- 酸化されたBCAAがミトコンドリアでエネルギー代謝を調節すること自体新しい発見なので、最後にBCAAがどのトランスポーターを介してミトコンドリアに入っていくのかを調べ、低温によって最も強く誘導されるSLC25A44がそのトランスポーターであることを突き止める。そして、このトランスポーターの欠損した細胞では、BCAA がミトコンドリアに移行しないこと、そのためBCAA の酸化が起こらずUCP1を介する熱が発生しないため、マウスの体温が低下すること、そして脂肪の蓄積が起こる。
以上の結果から、活性化した褐色脂肪組織はBCAAを血中から除くフィルターとして働き、それを利用してエネルギー代謝を調節することで肥満や糖尿病を防ぐのに一役買っていることが明らかになったと結論している。素人にも明らかなのは、褐色脂肪組織がしっかり維持されていないと、BCAAは危険なサプリメントになる可能性がある点で、栄養学の難しさを教えてくれる。
個人的には栄養学は21世紀の最も重要な分野になると思うが、この分野で研究をリードする日本人がいることは心強い。
血中BCAAは褐色脂肪組織に取り込まれミトコンドリアで酸化され熱を発生させる。
Imp:
今日の論文を読んで、東北大片桐先生のグループ仕事思い出しました。
エネルギー摂取過剰⇒肝臓グルコキナーゼ発現上昇⇒迷走神経求心路刺激⇒延髄縫線核⇒交感神経遠心路活性低下⇒褐色脂肪組織熱産生抑制。
血中BCAA、神経ネットワークetcが絡み合って複雑な調整が行われてるようです。
Natureの別の報告https://www.nature.com/articles/s41586-018-0353-2
でコハク酸が褐色脂肪の活性化させるというのを見かけましたが、BCAAが関わっているとは思いませんでした。
春夏秋冬で被験者を引き受けている「褐色脂肪細胞」測定が、ちょうど昨日でした。
相変わらず平均より高い数値をキープしておりました。