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ゲノムで歴史を探る(Science誌2月14日号掲載論文)

2014年2月20日
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ヒトゲノムと言うと「既に終わった研究」と思われているかもしれない。しかし、情報と言う観点から考えるとヒトゲノム情報の利用はまだまだ入り口にさしかかった所だ。私自身21世紀はゲノムを中心に新しい情報科学が生まれ、分化や文明が花開くと確信している。それを感じさせてくれる一つの例が、歴史分野へのゲノムの進出だ。ネアンデルタール人のゲノム解読により、私たちホモ・サピエンスとネアンデルタール人の交雑がいつどのように起こったかをたどる研究の進展を目の当たりにするとゲノムにより歴史が語られ始めた実感を持つ。ただ、過去の現象を再現する事は不可能なため、それを科学的に推察するためには情報処理のための数理が必要になる。しかしその数理処理が真実にどれほど近いのかは、やはり他の記録と照合する事でしか検証できない。この問題にチャレンジしたのが、今日紹介する英国とドイツの共同研究で、タイトルもそのものズバリ「A genetic atlas of human admixture history (人類の交雑の歴史についての遺伝子地図)」だ。論文の本編は5ページの論文だが、100ページを超す補遺がついており、そのほとんどは情報処理についての記述で、私には手に負えない。それでもこの仕事が、地球上の95の集団、1490名の人間についてSNPを調べ、集団の間で、いつ、どのように集団間の遺伝子交雑が行われたのか計算している事は理解できる。即ち集団の間での交雑史が明らかにされている。例えば、他集団に侵略されて遺伝子交雑が起こる場合、原則として男から女性への遺伝子の流れだけだが、民族全体が移動する場合は当然両方向での交雑が起こるはずだ。更に、歴史的には例えばジンギスカンの大遠征等々、交雑を進めた活動の歴史的記録がある。もし数理的処理が正しければ、歴史的記録と遺伝子から読み取れる交雑様態が一致するはずだ。結果は予想通りで、このグループが開発したアプリケーションを使えば、集団間の交雑がいつどのように行われたかを予測する事が出来、この予測は実際の歴史的記録に対応していると言う結果だ。この歴史的事実としてあげられているのが、ヨーロッパからアメリカへの移民(1500年位)、スラブ・トルコ民族移動(500−1000年)、アラブ奴隷売買(650−1900年)、蒙古大遠征(1200−1400年)で、確かに交雑が誘導される事も納得する。実際、東欧や中東を見ると、何度も集団間で交雑が進んでいる事がわかる。これが、東欧の人と西欧の人を私たちでも簡単に区別できる理由だろう。いずれにせよ、ゲノム研究と歴史研究が融合し始めているのは確かだ。21世紀ゲノム文明の助走が確かに始まっている。最後によけいな事だが、掲載されている交雑地図を見てちょっと気になるのが、日本人集団ではほとんど交雑が進んでいない事だ。純潔だと喜ぶヒトもいるかもしれない。しかし、この結果生まれた我が国の思想のせいで、我が国がますます孤立化の道を歩むのではないかと少し心配だ。