がん細胞が発現する抗原に対する抗体と、T細胞刺激に最適化されたT細胞抗原シグナル分子を合体させて、ガン特異的キラー細胞を作成する方法は、今年我が国でも保健医療として認可を受け話題を呼んだ。この治療が本当に3000万円の価値があるのかどうかは受けた患者さんの意見を統合して今後判断する必要があるが、小児の急性リンパ性白血病に関しては、再発率が50%に近く、様々な改良が行われている。また、固形癌にも効果があるCAR-Tはまだ完成形が見えていない。
今日紹介するセントジュード病院からの論文は、メラノーマに対するCAR-Tをモデルに、より高い効率で腫瘍組織に浸潤できるCAR-Tの条件を探索した研究でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは「Targeting REGNASE-1 programs long-lived effector T cells for cancer therapy (REGANASE-1をノックアウトするとガンに対する長期生存T細胞をプログラムできる)」だ。
メラノーマのような固形癌に対するCAR-Tの効率をあげるには、キラー細胞がガン組織に浸潤するようにプログラムする必要がある。この研究では、Cas9を3000種類の代謝関連遺伝子をノックアウトできるガイドRNAとともにキラー細胞株に導入し、それをメラノーマを移植したマウスに注入、その腫瘍組織から浸潤しているCAR-Tを精製してノックアウトされている遺伝子を調べ、どの遺伝子がノックアウトされると浸潤性が上がるのかを探索している。
この結果REGANASE-1遺伝子が欠損したT細胞が腫瘍組織に多く存在することがわかった。そこで、改めてこの遺伝子を欠損させたCAR-Tを作成してメラノーマ移植マウスに投与すると、腫瘍組織に長期間止まり腫瘍を殺す効率が高まることがわかった。
この腫瘍組織に蓄積されるメカニズムを調べるため、腫瘍組織内に浸潤しているREGNASE欠損細胞を取り出し、遺伝子発現を調べると、いわゆる記憶T細胞に関わる遺伝子の発現が高まっていることがわかり、この遺伝子が欠損することでガン局所でキラー細胞が免疫記憶T細胞へとプログラムされることがわかった。さらに解析を進め、REGNASEはキラー細胞の増殖とそれに伴う疲弊を高めており、この遺伝子を欠損させると、細胞増殖が抑えられる代わりに、寿命が延長し、その結果主要組織に長く留まることを明らかにしている。
次に、RGNASEノックアウトされたキラー細胞をスタートに、新たにクリスパースクリーニングを行い、BATF分子の発現が上昇を通してRGNASEの欠損の効果が発現すること、またBATFはミトコンドリアの酸化的リン酸化を高める遺伝子群のクロマチンをオープンにすることで、ミトコンドリアの機能を高めていることを明らかにしている。
最後に、これまで同じような実験系で明らかにされていたキラー活性を制御するPTPN2やSOCS1との関係を調べているが、RGNASEとは関係がなく、両方が欠損すると、より高い活性を持ったキラーT細胞が調整できることを示している。
以上が結果で、PTPN2やSOCS1のような、出てきて当たり前の遺伝子ではなく、全く新しいキラー活性を制御する分子が見つかったという点では重要な貢献だと思う。ただ、REGNASEとSOCS1をノックアウトしても、いつかは再発するということもデータから見て取れるので、固形癌についてはまだまだ最強のCAR-T完成とは行かないこともよくわかった。