最近の創薬業界を見ていると、自社開発より有望な製薬ベンチャーを見つけ出して買収した方がずっと早いといった印象があるが、事実我が国の大手製薬の売り上げの中で、ベンチャー企業から導入した薬剤はかなり多いのではないだろうか。いずれにせよ、創薬ベンチャーは焦点を絞って研究を行なっているため、そこから出る論文は面白いものが多い。
今日紹介するのは、ベンチャーとは言えないが、アボットから分社化した創薬開発企業Abbvieからの論文でBETの機能を抑制してスーパーエンハンサーを阻害する抗がん剤の開発で、1月31日号のNatureに掲載された。タイトルは「Selective inhibition of the BD2 bromodomain of BET proteins in prostate cancer(前立腺癌でBETのBD2ホメオドメインを選択的に抑制する)」だ。
BETはアセチル化ヒストンに結合して、転写複合体をオーガナイズする核となる分子で、スーパーエンハンサーの形成には必須であることがわかっている。
このため、Myc依存性の白血病や男性ホルモン受容体(AR)依存性の前立腺癌など、スーパーエンハンサーの維持を阻害して治療する可能性が期待されている。実際、臨床でも使われているが、スーパーエンハンサーに強く依存している巨核球や胃の上皮など強い副作用が必須で、なかなか普及しない。
この研究は、BETタンパク質にあるBD1、BD2ホメオドメインが別々の機能を持つことに着目し、BD2特異的に抑制する薬剤は副作用の問題を解決し、臨床にもっと使えるBET阻害剤が開発できるのではと着想し研究を行なっている。
すでに様々なBET阻害剤が開発しているので、この中からBD1よりBD2により強い結合を示す化合物を選んで、この化合物をスタートにBD1,2ホメオドメインの分子構造を手掛かりに化学的に改変する方法で、ABBV-744を開発している。どこにメチルフェニルエーテルを加えると、BD1への結合が低下するなどの詳しい過程が示されているが、さすが製薬企業と思えるメディシナル・ケミストリーの真骨頂だろう。
ただここは門外漢なので飛ばして進むと、こうして出来上がったABB-744を様々なガン細胞パネルで調べると、急性骨髄性白血病と、前立腺ガンが最も感受性が高いと特定された。すなわち、これら2種類のガン細胞はBD2により強く依存したスーパーエンハンサーを使っている可能性が高い。
そこで、スーパーエンハンサーでBETとARが複合体を作っていることがわかっている前立腺癌を選んで、ABBV-744がスーパーエンハンサーを解消してしまうことを確認している。重要なのは、BD2特異的に抑制した時、転写が低下する分子の数は、BD1,2両方抑制してしまう薬剤より、はるかに少ない点で、その分副作用を軽減する可能性がある。
最後に、前立腺癌を移植する実験系でABBV-744と他の薬剤を比べ、使った前立腺癌に関してはABBV-744が最も効果が高いこと、さらに血書版減少症、胃上皮の化生が低く抑えられることを示し、前立腺癌の薬剤としては使えるのではと結論している。
残念ながら、移植実験を見ると効果は完全ではない。これはスーパーエンハンサーの性質から考えると納得できる。従って、今後は他の薬剤と組み合わせて、この薬剤だけでは避けることのできない再発を抑える方法を解明する必要がある。ただ、BETタンパク質のことを勉強するには最適の論文だった。
ABBV-744がスーパーエンハンサーを解消し、抗癌作用を示すことを確認している。
Imp:
クロマチン高次構造変異も抗悪性腫瘍薬の重要なターゲットのようです。