光遺伝学で輝かしい業績を上げ続けているKarl Deiserothは、難しい課題を設定した上で、それを様々な材料や技術を組み合わせた新しい方法を開発して解決するという論文が多く、読む方はいつも驚かされる。さらに驚くのは、開発されたテクノロジーは神経操作に限らないことで、例えば原理的にあらゆるmRNAの発現を組織レベルで調べることができるバーコードを利用した方法を読んで、なんと柔軟な頭の持ち主かと感心した(Youtubeで紹介している)。結果、次はどんな新しい方法が開発されるのか、新しい論文が待ち遠しくなる。
そして今日紹介する論文では神経細胞自体を伝導性あるいは絶縁性のポリマーで包んで神経細胞の活動を見た研究で3月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genetically targeted chemical assembly of functional materials in living cells, tissues, and animals (遺伝子操作で機能的材料を生きた細胞、組織、動物に構成する)」だ。
この研究は、他の研究室で開発されていた細胞膜上に有機ポリマーを形成させる方法にヒントを得て、生きた動物の神経細胞を伝導性、あるいは絶縁性のポリマーで包んでみるという、これまで誰も考えたことのない課題にチャレンジしている。もともと神経は、ミエリン鞘という絶縁物質で覆われることで、早い伝達が可能になっているので、絶縁体で包めば興奮効率が上がると予想されるし、伝導性のあるポリマーだと電位差が解消され神経興奮がうまく伝わらないのではと予想できる。
この研究では、細胞外から供給される伝導性のアニリン、絶縁性のethylenedioxythiophen(`DAB)といった分子を、細胞が発現するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(Apex)で重合させ、目的の細胞だけポリマーで包めるかを調べている。
もちろん目論見通りApexを発現した細胞膜上だけにポリマーが形成され、組織を固定して乾かした後、伝導性を調べると、神経細胞自体が一種の電線になっており、抵抗がなくなることを示している。
次にマウスの脳細胞にApexを発現させた後、切り出した脳切片上でアニリン、あるいはPDABを重合させ、神経に電流を加えて興奮を調べると、予想通りPDABで絶縁した時は興奮スパイクが減り、逆に伝導性のアニリンを重合させた時は、興奮スパイクが増える。
最後に、この系を線虫の咽頭筋肉細胞、あるいは運動に関わる興奮ニューロン、あるいは抑制ニューロンに発現させ、それぞれのシステムを絶縁した時、あるいは細胞外での伝導性を高め、行動を調べている。
答えは予想通りで、絶縁すると神経伝達の効率は高まり、伝導性を高めると伝達性が落ちるという結果が示されているが、重合反応が生きた動物の中で正確に進み、神経細胞の性質を見事に変化させたという結果に感動してしまう。
Deiserothの仕事は、これからさらにいろんなことが始まるぞという予感というか、ワクワク感を与えてくれるが、この研究も決して神経細胞の操作に止まらないだろう。要するに、細胞膜上のマトリックスを人為的に形成できることで、神経や細胞間相互作用すら操作できる。つくづく天才の存在を感じる驚くべき論文だった。
細胞外から供給される伝導性のアニリン
絶縁性のethylenedioxythiophen(`DAB)といった分子を、細胞が発現するアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(Apex)で重合させ、目的の細胞だけポリマーで包めるか?
Imp:
Karl Deiseroth先生のLaboHPのぞくと、生命科学の研究室とは思えない陣容です。
電子工学あり、コンピュータ科学あり。
20世紀型の学問分野を超えた融合が、21世紀型自然科学のトレンドになりそうです。
https://web.stanford.edu/group/dlab/