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3月16日:科学的議論の重要性(アメリカアカデミー紀要掲載、福島事故による被爆についての京大研究)

2014年3月16日
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自分の論文に対して公式の反論が雑誌に発表され、それに更に反論するのは疲れる作業だ。また雑誌の編集委員として論文を扱っていたときも、論文に対する反論、レフリーの意見に対する反論をどのように扱うかには頭を悩ました。反論が理不尽だと思っても、単純に無視するのは避けなければならない。というのも、このような公開の科学的議論の場を守る事が科学雑誌にとって最も重要な事だからだ。一つの例が3月14日発行のScienceに掲載された反論意見だ。1月13日このページで大型肉食動物の減少について報告した総説を紹介した。この総説では個体数の密度を維持するかが減少を止めるために取り組まなければならない課題である事が強調されていた。これに対し、野生動物の社会性や感染について調査を行って来た研究者が、更に重要な要素がある事を自分の論文を引用して反論している。今後もこのような公開の議論を維持し、その結果として新しい研究が行われ、動物保護を実現させるのが科学の使命だろう。   おなじ事は東日本大震災について行われている研究にも言える。3年経ったこれからは、査読を経た論文発表を通した公開の科学的議論が重要だ。このため3月11日、活水女子大の避難地区のPTSDの話をこのページで紹介した。この研究では震災と原発事故の経験が住民の健康に深刻な影響を及ぼしている事が示されている。同じように被爆自体が「科学的には懸念するほど深刻ではない」ことを示す研究もある。それが今日紹介する京都大学グループがアメリカアカデミー紀要オンライン版に発表した研究だ。タイトルは、「Radiation dose rate now and in the future for residents neighboring restricted areas of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant (福島第一原発の規制区域に隣接する地域住民の現在と将来の被爆量)」だ。研究は事故後約1年半の2012年7−8月、原発から20−50km圏内の避難準備地区にある川内町、相馬市玉野地区、南相馬市原町の住民483人について、外部被曝測定のためのモニターを常時携帯して生活してもらうとともに、食事を各家庭で一人前余分に作ってもらい、食事による放射性物質の取り込み、及び地域の大気に含まれる放射性物質を測定し、外部、内部被曝の総量を積算した。2ヶ月間とは言え、調査自体は相当に準備され徹底的だ。そしてその結果は、食事、大気からの内部被曝はほとんど許容限界以下だ。もちろん、外部被曝は玉野地区で2.5ミリシーベルト/年と望ましい年間許容量(1ミリシーベルト/年)よりは高い。ただこれも我が国の年間被爆量の地域差の範囲に収まっていると言う判断だ。もちろん除染を進めて、1ミリシーベルトの目標を目指す事の重要性も説いている。現在の結果に基づいて計算すると、がんが増える可能性はほとんどなく、調査した2012年8月以降で言えば3地区に住み続けても放射能の影響は少ないと冷静に結論している。少し前ならこの様な結論は「東電よりの結論」などと批判されたかもしれない。これまでこの調査については各紙も報道しているようだが、この論文についての報道はまだないようだ。論文が掲載された事も報道して欲しいと思う。むろん異なる科学的考えもあるはずだ。是非あくまでも科学的議論として自由な議論が展開される事を望む。小泉さんもこの研究を更に長期に続けて欲しい。調査に参加した方々が原発事故直後に受けた被爆なども統合した上で、予想が正しかったかを確かめる必要がある。福島での経験は「追試」できる事ではない。この一度きりの経験についてどれだけ科学的調査を積み重ねられるのかは、日本の科学全体の問題だ。今後も多くの研究論文が発表され、議論が進む事を期待したい。

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