脊椎動物の中でも最も地球温暖化によって絶滅が危惧されているのが爬虫類だ。というのも多くの種で負荷時の温度によりオスメスが決定されるからで、卵が産み落とされた環境の温度が例えば上がりすぎると、孵化した個体が全てメスになり、生殖が不可能になる。
温度依存的性決定については興味を持っていたが、論文をフォローしておらず、性決定に関わる何らかの転写因子の温度感受性の問題かななどと勝手に思っていた。今日紹介するデューク大学からの論文はミシシッピーアカミミガメをモデルに、性決定過程の大枠を解明した研究で4月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「Temperature-dependent sex determination is mediated by pSTAT3 repression of Kdm6b (温度依存的性決定はリン酸化STAT3によるKdm6bの抑制により決められている)」だ。
線虫から哺乳動物まで、オスの性を決定するマスター遺伝子としてDMRT1が知られているが、このグループはアカミミガメの性決定が、KDM6B:ヒストン脱メチル化酵素によるDMRT1遺伝子発現誘導を軸として行われていることを明らかにしていた。
今回の研究はこの軸を調節する上流の温度感依存的過程に関するものだが、対象となる野生動物の研究上の制限から、可能性の高そうな候補遺伝子を絞って、古典的な手法を用いて研究を行うことで進めている。こうして上がってきたのが、意外なことに通常サイトカインシグナルの下流にある転写因子STAT3で、まずメスを誘導する温度31度でSTAT3のリン酸化レベルが上昇すること、そしてSTAT3がKdm6bヒストン立つメチル化酵素遺伝子に結合していることを明らかにする。
STAT3のリン酸化が高まるのはメスを誘導する温度31度なので、リン酸化によりオスを決定するKdm6b遺伝子が抑えられる必要がある。そこで、STAT3阻害剤を用いてオス決定軸を形成するKdm6bおよびDmrt1の発現を生殖器官で調べると、期待通り発現が上昇する。すなわち、STAT3はKdm6bに結合して抑制因子として働いている。また、STAT3が活性化されメスを誘導する温度でSTAT3阻害剤を卵に注入する実験を行うと、生殖組織をオス型に変化させられることを示している。
最後に、では温度変化をSTAT3のリン酸化へと転換する仕組みについても、細胞内へ温度依存的にカルシウム流入が起こることでSTATA3リン酸化が起こるのではと仮説を立て、実際31度で細胞内カルシウム濃度が上がること、またカルシウムイオノフォア処理により、STAT3がリン酸化されることを示している。
データはここまでで、カルシウムチャンネルの温度依存的変化、細胞内カルシウム増加をシグナルとするSTAT3リン酸化、STAT3によるKdm6b遺伝子の発現抑制、その結果のDmrt1遺伝子発現抑制により、高い温度でメスが誘導されるというシナリオが示された。
まだまだ、温度感受性カルシウムチャンネルの特定、STAT3をリン酸化するメカニズムなど解明しなければならない点は残っているが、あとは時間の問題だろう。候補遺伝子を一つ一つ確かめていくという地道な仕事だが、温度依存的性決定についてはすっきりと整理がついた。
外界温度31℃⇒入口不明⇒温度依存的なカルシウム流入発生⇒STATA3リン酸化(+)
⇒オスを決定するKdm6b遺伝子抑制⇒メスになる
Imp:
アカミミガメの性決定にも、転写因子STAT3が関与する。
CRS症候群、コロナ肺炎サイトカインストームにも、転写因子STAT3が関与する。
RAの慢性炎症にも、転写因子STAT3が関与する。
人間界では全く別々の課題のように見えますが、分子アルゴリズム界では似通った課題なのかも?!