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6月22日 抗がん剤の相分離(6月19日号 Science 掲載論文)

2020年6月22日
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一旦存在が明らかになると、今度はあらゆるものが同じ様に見えてくる好例が相分離現象だろう。今や私たちの細胞の中は相分離した様々な液滴で満ち満ちている様だ。すなわちタンパク質がそれぞれの液滴に分離しているなら、分子量のずっと小さい薬剤の分布はどうなのか?

今日紹介するハーバード大学からの論文はこの問題にチャレンジした研究で、おそらく効果の高い抗がん剤を考える意味では極めて重要な貢献だと思う。タイトルは「Partitioning of cancer therapeutics in nuclear condensates (核内で相分離した液滴への癌治療薬剤の隔離)」で、6月9日号のScienceに掲載された。

この研究は転写やエピジェネティックスの大御所Richard Youngの研究室からの論文だが、Youngはスーパーエンハンサーの研究から、エンハンサー場での転写因子複合体の形成が相分離によると見抜き、この分野をリードしている。

まずスーパーエンハンサー(SE)を形成する転写因子をガン組織より調整した細胞で調べ、期待通り相分離が見られ、SEでの相分離が一般的な現象で

よく知られた5種類の転写因子とメディエーターMED1が相分離していることを確認している。

その上で、それぞれの転写因子が試験管内でも相分離すること、しかしこれらの系に蛍光分子などの小分子を共存させても、分離した駅的に濃縮されることはないことを確認している。

次に、MED1を含む5種類の転写因子の相分離実験系に、プラチナ化剤のシスプラチン、DNAのintercalatorミトキサントロン、エストロジェン受容体阻害剤タモキシフェン、CDK7阻害剤、そしてSEのBRD4を阻害するJQ1を加え、がんの治療薬なら相分離した液滴に濃縮されるか調べている。すると、全ての薬剤はMED1が相分離した液滴に分離すること、そして例えばJQ1、メトキサントロンはそれぞれBRD4 およびFIB1, NPM1にも濃縮されることを発見している。すなわち、普通の低分子と異なり、抗ガン剤の一部はMED1に濃縮され、SEにリクルートされることを示している。

この相分離液滴への濃縮は、非特異的なものでMED1に存在するアミノ酸の芳香環と薬剤側の芳香環の作用により起こる現象で、例えばシスプラチンによるDNAのプラチナ化を指標に調べると、MED1液滴に濃縮されることが活性に重要であることがわかった。そして、シスプラチンによりDNAがプラチナ化されるにつれて、SEが解消されることも明らかになった。

次に、乳ガンのエストロジェン受容体阻害剤について相分離の観点から、詳しい検討を行い、エストロジェン受容体はエストロジェンと結合することでMED1を含むSEに濃縮され、タモキシフェンはMED1液滴内で、このプロセスをブロックすることでエストロジェン受容体のSEへの濃縮を阻害している。その意味でタモキシフェンが濃縮され有効濃度が高まることに相分離は貢献しているが、MED1が強発現することで相分離の液滴が大きくなると、相対的に有効濃度が低下するため、MED1の発現が上昇した乳ガンではタモキシフェンの効果が低下することなど、これまで説明が難しかったことを見事に説明している。

結果は以上で、転写に効果がある薬剤をSEなど相分離液滴に濃縮させることで、より高い薬効が得られる可能性は、今後単純な薬剤動態だけでなく、相分離液滴への濃縮まで考えた薬剤開発が重要であることが理解される優れた研究だと思う。

もしかしたらコロナウイルスの分子も相分離という観点で見直したら面白いことがわかるかもしれない。おそらく、この可能性をテストしている研究者はいると思う。

  1. okazaki yoshihisa より:

    MED1を含む5種類の転写因子の相分離実験系を使い、各種抗癌剤とスーパーエンハンサーとの相互作用等を解析した研究。
    今後は単純な薬剤動態だけでなく、相分離液滴への濃縮まで考えた薬剤開発が重要であることを示唆する。
    Imp:
    相分離=細胞生物学の新たな知見。
    今まで首を傾げていた不可思議な現象も理解可能に?!

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