AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 7月12日 ポリネシアとアメリカ大陸の人類学的接点(7月8日号 Nature 掲載論文)

7月12日 ポリネシアとアメリカ大陸の人類学的接点(7月8日号 Nature 掲載論文)

2020年7月12日
SNSシェア

全く知らなかったのだが、南米に最も近いポリネシア、イースター島ではアメリカ原住民とポリネシア人が、それぞれの地域にヨーロッパが進出するずっと以前にコンタクトがあり、文化や遺伝子が南米から流入した可能性が議論されていたようだ。そこでゲノムの出番と、今までに少人数のイースター島住民のゲノムを調べているが、その証拠は見つかっていなかったようだ。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はこの可能性を調べるために、イースター島だけでなく、広い範囲のポリネシア人と太平洋岸の様々な地区のアメリカ原住民のゲノムを比較し、確かに両者にコンタクトがあったことを証明した論文で7月8日号のNatureに掲載された。タイトルは「Native American gene flow into Polynesia predating Easter Island settlement(イースター島への移住前に、アメリカ原住民からポリネシア人への遺伝子流入が存在した)」だ。

それぞれの関係を調べると、マルキネス諸島より東のポリネシア人には北部中南米とチリ付近のアメリカ原住民のゲノム流入が明らかに存在していることを発見している。ただ、それぞれの地域には別々にヨーロッパ人が進出し、さらには奴隷として連れ去られる悲しい歴史が残っている。そのため、アメリカ原住民の遺伝子流入を正確に推定するためにはヨーロッパ人からのゲノム流入を詳しく調べる必要があり、これとは独立に起こったアメリカ原住民との交雑を特定する必要がある。

結果、中南米北部のコロンビア付近の原住民のゲノムが、たしかにポリネシア人に存在し、それはヨーロッパ人の影響とは全く無関係に起こったことを明らかにしている。すなわち、コロンビア付近のアメリカ原住民が、自力でポリネシアのどこかの島にたどり着いたことを示している。

最後にこのイベントが起こった時期を計算し、ヨーロッパの植民による南米からの遺伝子流入とは別に、各島ごとにばらつきはあるが紀元1150年から1230年までに収まることを明らかにしてる。

以上が結果で、海流が存在するとはいえ、進んだ航海技術なしにアメリカ原住民とポリネシア人がどうコンタクトしたのかは明らかでない。著者らは一つの可能性として、ポリネシア人が移住していなかった島にアメリカ原住民がまず流れ着き、そこでポリネシア人との交雑が起こったと考えるのが、一番今回の研究結果と合致することを示唆しているが、他にも様々な可能性があるかもしれない。いずれにせよ、多くの島に別れて住んでいるポリネシア人には別々の歴史が存在するはずで、今後個別の調査によって、歴史が明らかになるのではと期待できる。

  1. okazaki yoshihisa より:

    進んだ航海技術なしにアメリカ原住民とポリネシア人がどうコンタクトしたのかは明らかでない。
    Imp:
    ヘイエルダール著『コンティキ号漂流記』を思い出しました。

    最近、南太平洋海底に“失われた大陸”の痕跡があるとのニュースも聞きました。ムー大陸?
    https://news.yahoo.co.jp/articles/5d820db6b9d057a28da46045f5d428fe6492ec4d

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。