メトフォルミンは肝臓での糖新生を抑制し、インシュリン抵抗性の改善することから2型糖尿病の安全な治療として最もよく使われている薬剤だが、他にも抗炎症作用や、脳細胞の活性化など、魔法の薬といってもいいような作用を持つ薬剤だ。この不思議については、「西川伸一のジャーナルクラブ」でも一度議論した(https://www.youtube.com/watch?v=FBBh8JsJguQ&t=315s)。
今日紹介するトロント大学からの論文はメトフォルミンが放射線でダメージを受けた脳の幹細胞の回復を高め、記憶障害の出現を抑えるという研究で7月27日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Assessment of cognitive and neural recovery in survivors of pediatric brain tumors in a pilot clinical trial using metformin (小児脳腫瘍の生存者のメトフォルミンのパイロット治験で見られた認知機能と神経細胞回復)」だ。
20世紀、脳研究のうち概念が大きく変化したのは、成人になっても脳の神経細胞が幹細胞からの供給を受けるという発見だが、もちろん発達期の幹細胞システムはもっと活発だ。実際、小児の脳腫瘍などで放射線照射を受けた後、細胞数が低下し、脳機能障害が後遺症として残ることが知られている。
この研究ではまず、放射線照射を受けたマウスの幹細胞活性を試験管内で測定する実験系と、照射後50日前後での認知機能テストを行うモデル系で、メトフォルミンの作用を調べている。
試験管内での結果は明瞭で、放射線後減少する幹細胞の数は、50日で回復するが、歯状回では回復が遅く、細胞数の減少が後遺症として残るが、メトフォルミンはこの後遺症の発症をほぼ完全に回復させる。また、脳組織の幹細胞数を調べても、同じように放射線照射により幹細胞の回復が遅れるが、メトフォルミンはこれを正常化する。
最後に、では作業記憶について調べると、面白いことにオスでは放射線による後遺症はほとんど出ないが、メスでは放射線による後遺症として記憶障害が残り、これをメトフォルミンは回復させることがわかった。
メトフォルミンはこれまでも小児に投与しても問題がないことが知られているので、前臨床結果を基礎に、治験に進んでいる。ただ、マウスではメスで効果が強く見られてはいるが、この前臨床では男女を問わず、放射線照射を受けた平均7歳の子供について、メトフォルミンが脳機能の回復に効果があるか調べている。
無作為化されてはいるが、治験プロトコルは複雑で、基本的には放射線照射を受けた全ての治験者にメトフォルミンを投与するが、照射後12週間メトフォルミンを投与し10週間の間隔をおいて偽薬を12週投与するA群と、最初の12週は偽薬を投与、10週間の間をおいて、メトフォルミンを12週投与する
B群にわけ、12週目と、34週目で、脳の認知機能を調べている。
複雑なので簡単にまとめると、メトフォルミンは照射直後から投与すると、記憶機能の障害を抑止する効果がある。ただ、最初の12週間偽薬投与された群では、後半に投与したメトフォルミンの作用はほとんど見られないことがわかった。この機能的効果は、脳梁の白質の体積から見られる、神経細胞の回復とも一致しており、メトフォルミンが神経幹細胞機能を助けて、脳障害からの回復を促進する可能性が強く示唆されたといっていいだろう。
今後、女性、男性に分けて、もう少し単純な治験プロトコルで、効果を検証してほしいと思う。効果が確かめれば、小児ガン治療に大きな貢献になると思う。
1:メトフォルミンを放射線照射直後から投与すると記憶機能の障害を抑止する効果がある。
2:最初の12週間偽薬投与された群では、後半に投与したメトフォルミンの作用はほとんど見られない。
3:この機能的効果は脳梁の白質の体積から見られる。
4:メトフォルミンが神経幹細胞機能を助けて、脳障害からの回復を促進する可能性が強く示唆された。
Imp:
ミラクルドラック=メトフォルミン
近年、小児の病死原因の第一位=悪性脳腫瘍
“小児悪性腫瘍に光を”
https://www.youtube.com/watch?v=dyKdVGgDYmk&list=ULzNcg_C-GVAo&index=983