かってドイツで、病気の成立に関して、体液の組成変化が重要だとするロキタンスキーの体液説と、細胞の変化が重要だと考えるウイルヒョウの細胞説が激しく対立して議論が続いた。基本的には、ウイルヒョウの細胞病理学がその後の主流となって行ったと言っていいと思うが、それでも一種の体液説の名残は今も顔を見せる。パラビオーシスと呼ばれる2個体間で循環を共有させて起こる変化を調べる実験はその典型と言っていいだろう。特に老化個体と、若い個体との間でパラビオーシスを行う研究は今も盛んに行われている。
今日紹介するコーネル大学からの論文はパラビオーシスは全く使ってはいないが、高齢者の血液にガンの悪性化を誘導する要素が存在するはずだと信じてそれを追求した研究で、8月19日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Age-induced accumulation of methylmalonic acid promotes tumour progression(老化により蓄積するメチルマロン酸はガンの進行を促進する)」だ。
この研究は、最初から高齢者の血液はガンの進行を高めると決めてその原因を求めた仮説に導かれた研究と言っていいだろう。実際には高齢者の血清をプールして、がん細胞株と培養した後ホストに移植すると、老化血清と培養した後のがん細胞は増殖力が高く、しかも細胞接着分子の発現が低下するなど、いわゆる上皮間葉転換という現象が起きていることを発見する。
現代の体液説と言える発見だが、もちろん今ではその分子的基礎を調べる必要がある。メタボローム解析を行い、最終的に突き止めた分子が、確かに高齢者で上昇することが知られているプロピオン酸からの代謝物、メチルマロン酸だった。すなわち、高齢者の血清の代わりにメチルマロン酸とがん細胞株を培養すると、ガンの増殖が高まり、上皮間葉転換が起こることがわかった。さらに、高齢者の血中にある脂質により、メチルマロン酸が細胞内に入りやすくなっていることも明らかにし、高齢者の血清は二重にガンの悪性化に手を貸していることを明らかにしている。
なぜ高齢者でメチルマロン酸が上昇するのかよくわかっていないと思うが、もともとメチルマロン酸上昇の原因としているビタミンB12の低下でないなど、是非調べて欲しいところだ。いずれにせよ、私のような高齢者にとっては恐ろしい話だ。
最後に、悪性化のメカニズムをさらに追求し、メチルマロン酸によりガンや周りの組織のTGFβが誘導され(このメカニズムはわからない)、その結果Sox4転写因子が誘導されることで、ガンの転写プログラムが変化し、悪性化することを示している。実際、Sox4 をノックダウンすると、メチルマロン酸の効果は消失する。
以上が結果で、個人的な信念からよくここまでまとめたという点に感心する研究だ。しかし、もし本当ならメチルマロン酸が蓄積する原因を確かめて、それを元から遮断する方法を開発して欲しい。
1:高齢者の血清の代わりにメチルマロン酸とがん細胞株を培養⇒ガンの増殖が高まり、上皮間葉転換も起こる。
2:高齢者の血中にある脂質により、メチルマロン酸が細胞内に入りやすくなる。
Imp;
正統派は細胞病理学。
でも、異端思想?の体液病理学を想起させるような現象も。。。
エクソソームも体液病理学よりのように感じます。