私たちも腸内細菌叢と共存しているといえば言えるが、細菌叢のために体の体制を変化させているわけではない。というのも、発生は細菌叢とは無関係に、原則として無菌環境で起こり、生後外界から細菌叢が移植される。従って、特定の細菌だけが腸内に住み着けるというわけではない。
これに比べると昆虫で見られる細菌との共生は、細菌も昆虫も一体化して発生することで常に共生関係が成立できる様に発生過程を変化させるレベルに達しているものが多く、このブログでも様々な昆虫を紹介してきた。
今日紹介するカナダのマクギル大学からの論文は大工アリとして知られるオオアリの一種が、腸細胞内で共生しているバクテリアブロクマンとの共生を実現するためにどの様に進化したかを調べた面白い研究で9月2日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Origin and elaboration of a major evolutionary transition in individuality (一つの個体として一体化した共生への転換の起源と仕組み)」だ」。
タイトルをかなり意訳したが、individualityをそのまま個性と訳してしまうと誤解を招くと思ったからで、実際にはバクテリアとアリが一つの個体に一体化していることを指しているのだと思う。
この種では、生まれた時から腸内細胞だけにブロクマンが共生してアミノ酸を供給している。そのために、発生過程で、卵の中のバクテリアを腸の細胞だけにもう一度限局させるよう、発生過程を変化させる必要がある。
この研究では共生を選んだ大工アリでは、普通、卵の後方germ plasmaに限局して存在する生殖細胞決定に関わる遺伝子セットが、卵の前後に散らばる4領域に発現しているという発見から始まっている。
これらgerm plasmaの遺伝子は卵の形成過程で母親から伝達される遺伝子なので、4箇所に分かれた生殖細胞決定遺伝子が共生のためのボディープラン形成に関わると考え、まずそれぞれの領域が最終的にどの組織になるか調べ、zone 1とzone4がバクテリアが共生する腸細胞に、zone2が生殖細胞に、そしてzone3が胚の後方領域に分化することを確認する。
次に、この体制の変化に、腸の形成に関わるホメオボックス遺伝子abdAとUbxが関わると読んで、各zoneでの発現を調べ、abdAがzone1,3に、Ubxが全てのzoneに発現していることを確認する。そして、これらの遺伝子の機能をノックダウンで抑える実験から、これらの分子は生殖決定に関わる遺伝子を調節して、共生のための体制づくりに関わっていることを明らかにしている。
そして抗生物質を投与する実験で、共生細菌が除去されると、本来生殖細胞が発生するzone1でabdAとtudorの発現が抑えられることから、それぞれのzone形成は大工アリ独特に獲得した構造だが、それに細菌が共生する様になりさらに体の体制が共生に都合のいい様に変化させられる様になったことを示している。ただ、バクテリアのどの分子がこの変化を誘導するのかについては特定できていない。
あとは、大工アリの系統樹から、新しい体の体制の進化について推察して、新しい体制はバクテリアとは無関係に進化し、その時germ plasmaの遺伝子を異なる領域に局在させる機構の獲得が重要な役割を演じていること、そしてこの新しい体制が細菌との共生で更に深まり、一体として発生する新しい個性が誕生したというシナリオを示している。
個体とはなにか?昆虫から学ぶことは多い。
大工アリの系統樹解析
1:新しいボディープランンはバクテリアとは無関係に進化している。
2:germ plasmaの遺伝子を異なる領域に局在させる機構の獲得が重要な役割を演じている。
3:新しいボディープランンプランが細菌との共生で更に深まり、一体として発生する”新しい個体”!?が誕生した
Imp:
こんな不思議な現象が自然界には実在するのですね。
連想したのは、“ミトコンドリアの細胞内共生”
免疫学でよく言われる、『自己と非自己』って何??疑問が沸きました。
共生させるバクテリアによってアリの個性の進化が決定されているということでしょうか。
その他の生物種でも長期的、あるいは感染などの一時的なmicrobiotaとの共生で進化の分岐が起こっているのかどうかが気になります。
進化の分岐は昆虫とは別に起こっているのだと思います。一旦共生が成立すると、そこから新しい進化を遂げるのは難しくなる様に思います。大工アリの場合は、まず体の体制を変化させる進化が起こり、それをバクテリアが利用し、しかもその体制が固定化する様に作用しています。